僕は、自分の心が求めることを正直にやってきました。もちろん、辛いこともありました。事業方針を巡ってビル・ゲイツと対立し、マイクロソフトを辞めた時はやはり辛かった。自分で決めたことですが、まだマイクロソフトは好きでしたから。CSKの経営陣とケンカをしてアスキーを追われた時も辛かったですね。

 しかし、反省はあっても悔いはありません。未来を自分で決めてきた結果ですから。ただ、経営者時代も教員時代も、どこか根っこには自分はエンジニアだという思いがずっとありました。

 コンピューターが進化し、僕がパソコンに携わっていた40年ほど前に予測していた未来が次々と現実のものになっています。これからの15年、第5の人生として、この分野にもう一度挑みたいというのは自然な流れでした。今、開発に取り組んでいるのは、体に貼って健康状態を測定できる“電子絆創膏”や、スマートマンションの技術などです。

 これだけ様々な経験をしてくると、本当に人の価値観は多様だなと思います。批判を恐れずに言えば、周囲を気にするより、自分が本当に楽しめることだけを考えて生きた方がいい。これまでは難しい課題があるとマゾヒスティックに燃えるような性格でしたが、今は楽をして最大の成果を出すことを考えています。あくせく生きていては、本当の創造性は発揮されないと、この年になってようやく気付くことができました(笑)。(談)