(日経ビジネス2018年1月29日号より転載)

(写真=加藤 康)
(写真=加藤 康)

 「己こそ己の寄る辺」「幸せの総量増やす」「縁濃き者より度すべし」──。私は毎朝、仏壇に向かって、この“お経”のようなものを唱えています。政治家としてはもちろん、人として、この文句からはずれないように生きたいと思ってきました。

 いずれも12音からなる、3つの文句。それぞれ、お釈迦様の言葉、デール・カーネギーの本で読んだ言葉、テレビで聞きかじった言葉です。

 政治家として最もやりがいを感じたのは、2015年に安全保障法制の成立に尽力したことです。「幸せの総量」が壊滅的に減ってしまうかもしれない事態を事前に防ぐための手立てを整えることができたのですから。

 「米国は日本を守るのに日本は米国を守らない。不公平だ」という人が米国の大統領になり、北朝鮮が核兵器やミサイルの開発を加速させている。大事に至る前に法制化できて、本当によかったと考えています。

 私は外交と安全保障の仕事がしたくて政治家になりました。「内政の失敗は一内閣が倒れれば足りる。外交の失敗は一国を滅ぼす」。小学生の時に父に聞かされていた言葉が、私をこの世界に導きました。

 橋本龍太郎氏が政権を率いていた1996年11月、外務省の政務次官に就任しました。私は経済企画庁の長官として既に大臣を経験した後。官房副長官以外の政務次官に閣僚経験者を起用した例はなかったので“格下げ”人事でした。それでも引き受けたのは外務省の政務次官だったからです。

 私は地位を求めることを必ずしも悪いとは思いません。仕事は地位に付いて来るもの。私自身も“猟官運動”を12回しました。衆院議員に立候補した回数です。