(日経ビジネス2018年2月12日号より転載)

(写真=北山 宏一)
(写真=北山 宏一)

 在宅ホスピスケアという言葉をご存じでしょうか。末期がんなどを患い、「治す医療」が難しくなった患者さんが病院ではなく、自宅で穏やかな最期を迎えられるよう、全人的に支援する医療のことをいいます。約四半世紀前からずっと私はこの医療に携わってきました。

(写真=北山 宏一)
(写真=北山 宏一)

 我が国が医療法を改正して患者の「自宅」を医療の場に加えたのが1992年。当時はがん告知さえもまだ一般的ではなく、自宅で最期を迎えたいという患者さんの数は決して多くはありませんでした。

 しかし現在では「最期は自宅で」という方が増えており、国も在宅ケアを病床数の削減や在院日数の短縮とあわせて進めています。もちろん私自身、人生から退く場所としては自宅が最適と考える者の一人です。大好きな自分の家だからこそ心穏やかに過ごせますし、残された限りある時間を家族とともに生きるという喜びが得られるからです。

 私はそうした「最期は自分の家で」という終末期の患者さんを支援するため、2000年に東京都墨田区に自分のクリニックを開設しました。医師や訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど多職種のチームを組み、24時間・365日いつでも対応できる体制を整えています。そしてこれまで約2000人の患者さんを在宅で看取ってきました。

 在宅ホスピスケアが日本で始まった初期から、この分野の医療を確立するのに力を注いできましたが、私の医師としてのキャリアのスタートは実は産婦人科医でした。難易度の高いがん手術にも数多く挑み、臨床に明け暮れるモーレツ医師でした。当然ながら、治す医療の理想を追求していたわけです。ところが39歳の時、自分自身が結腸がんに罹患、死線をさまよいました。子供がまだ小さかったこともあり、医師でありながら死への恐怖に追い詰められる日々。また、同時に浮かんだのは、それまでの自分は患者さんの心に“本当に”寄り添えていたかという思い──。