助走期間のない社長就任だったが

 ところが社長に就任して、当初の不安が次第に消えるのを感じました。初めての経験ばかりなのに、不思議と動じないのです。

 思い当たることがありました。私の出身部門は所帯が小さかったから、製品開発から生産、営業、アフターサービスのすべてに目を配らなければなりませんでした。常に浮かび上がる種類の異なる課題を解決しなければならない。付き合う人もさまざまで、異なるものの考え方に触れることが多かった。そのおかげで環境適応が早いのです。

 社長になるための助走期間もないし、引き継ぎもない。おまけに傍流出身。しかし多種多様なものに向き合ってきたという貴重な経験はある。待てよ。むしろ傍流だったからこそ、この難局に挑めるのではないだろうか。そう思うようになりました。

 周囲に惑わされることなく、培ってきたものを大事にする。それまでのサラリーマン人生で、大事なのは正義と勇気と感性だと考えていましたから、そのモノサシに照らして経営しよう。腹は決まりました。

 課題の一つは半導体事業のリストラでしたが、どうすることが正義なのか。本体から切り離すことではない。切り離した後に成長ができるようにすることだろうと考えました。当時、日立製作所やパナソニックは大規模な構造改革に着手していましたから、周囲からは「富士通は周回遅れ」という声も聞こえてきました。しかし成長戦略が描けるまでは決めない勇気が必要と自分に言い聞かせました。最後は感性。2013年2月に決めた構造改革プランには自信があります。

 思えば指名委員会による社長選びのおかげで、変な気遣いは必要ない。自分が信じたものに従ってかじ取りをすることができました。昨年、指名委員会が選んだ田中達也社長にバトンを渡しましたが、私に気兼ねすることなく経営をすれば良いと思います。(談)

(日経ビジネス2016年2月1日号より転載)