2015年6月に社長を退くまでの10年間は、公文のグローバル展開が進んだ時期と重なります。大きな転機となったのが、2008年12月に開催した創立50周年の記念式典です。35カ国の1万3000人の指導者や社員、家族が、東京ドームに集ったのです。
日本までの交通手段やホテルの確保、当日の式次第に至るまで、準備には2年以上かかりました。コストの面でも従来の指導者や社員が集う行事の何倍もの費用を費やしました。ただどれだけ入念に準備しても、成功するかどうかは当日まで分かりません。「人事を尽くして天命を待つ」とはこのことです。それでもやろうと決めたのは、「公文」をグローバルブランドにするために欠かせなかったからです。
この式典で、KUMONグループのグローバル化が一気に進みました。それまで海外事業は海外部門以外の人たちには遠い存在でした。世界中の指導者や社員が顔を合わせることで、同志が各国にいることが実感できるようになりました。面白いもので、公文式は教材や指導方法は世界中で変わらないので、初めて会った違う言語を話す指導者でも、教材が「共通言語」になり、話が通じ合うのです。海外の指導者にとっても、30年以上の経験を持つ日本の指導者と接すれば励みになるし、自分たちの教え方に確信が持てます。
日本の経験を伝え、海外と一体で価値創造する
教育は人が全てです。理念や価値観という「芯棒」から手を離しては、成長し続けることはできません。しかし、芯棒を両手で握ったまま日本のやり方にしがみついていては、海外に出る意味がない。芯棒は片手で握り、もう一方をフリーハンドにしておく。それがグローバル展開でのカギになります。
「可能性の追求」「ちょうどの学習」「悪いのは子どもではない」…。公文式の創始者、公文公(くもんとおる)は多くのことばを残してくれています。それらを額縁に入れて飾っておくだけでなく、教育の実務にまで落とし込むためにも、公文式に携わる世界中の社員・指導者に、理念と価値観を改めて確認してほしかったのです。
芯棒をつかんでおけば、もう一つの自由な手で、国や地域ごとに違う環境に対応することができます。例えば海外には、「宿題」という概念がなかったり、イスラム教のラマダン明けの長い休暇があったりする国もあります。そこで日本のやり方を押し付けるのではなく、望ましい学習方法を根気よく共有しながら、徐々に定着させていくのです。
現在、バングラデシュではBRAC(バングラデシュ農村向上委員会)という世界最大のNGO(非政府組織)と連携し、公文式のトライアルをしています。学習機会のなかった子どもに公文式を学習してもらうと、びっくりするぐらい伸びます。公文式教室はFC(フランチャイズチェーン)展開が原則ですが、国によりFCが難しい場合でも公文式を広げる機会のひとつとして挑戦しています。片手をフリーハンドにすることで、その地に最適なものを作り出すことができます。
日本の経験を海外に持ち込むだけでなく、海外のやり方を受け入れて一体となって新しい価値を創造していく。そんな「知恵の還流」が起きるようにすることこそ、真の現地化と言えるのではないでしょうか。(談)
(日経ビジネス12月28日・1月4日号より転載)
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