こんにちはシリコンバレー支局の市嶋です。
 米マイクロソフトが2兆円以上の巨額を投じて、米AI(人工知能)開発大手で老舗のニュアンス・コミュニケーションズを買収することを発表しました。ニュアンスはAIによる音声認識を得意としており、それを医療分野に適用して成長してきました。医師と患者の診察時の会話を文書化することで、医師が診療に専念できるようにするサービスなどを開発しています。
 今回のニュアンス買収はビジネスSNSの米リンクトインに投じた262億ドル(約2兆8600億円)に次ぐ、マイクロソフトとして史上2番目の規模です。リンクトインは4億3000万人のビジネスユーザーのプロファイルデータに大きな価値がありました。単純計算で1ユーザー当たり約6000円。コンシューマー向けのサービスよりも相当高く見積もったと感じました。
 一方で、ニュアンスの価値はどこにあるのでしょうか。やはり音声を学習したアルゴリズムのデータでしょう。さらにその背景には、コロナ禍で明らかになった、あらゆる産業における「非接触」へのニーズがあります。音声認識によってボタンなどを物理的に操作する必要がなくなります。
 マイクロソフトは各産業分野をバーティカルに攻めていく戦略と考えられます。まずは最近のニュアンスが主力としている医療分野。ここ米国では新型コロナウイルスの感染拡大でZoomなどを使った遠隔医療が一般的になりつつあります。そうした際に音声認識技術を利用することで医師による診察の効率を上げることができます。さらにAIによる無人の遠隔診断が本格化すれば、認識精度が競争力を左右します。
 ニュアンスの「臨床音声認識SaaS」と呼ばれるサービスは、米国の医師の55%以上、放射線技師の75%以上、米国の病院の77%で利用されているといいます。このため様々な医療用語の音声を学習し、高い精度で認識できるようになっているでしょう。遠隔接続の際には不安定な音声品質という問題があります。ニュアンスは車内外のノイズに対処が必要な車載向けにも音声認識技術を提供しており、ノイズ除去は得意分野です。
 マイクロソフトは現在の主力に位置づけるクラウドサービス「Azure」の各種サービスを売り込んでいくもくろみでしょう。ニュアンスの臨床音声認識SaaSはAzureで動いており「相性がいいですよ」「データの管理も確実にできます」といったアピールも可能です。
 また、医療や自動車以外に、ノイズの大きい工場内や交通機関、多くの人が集まり同時にしゃべる家庭内などで優位性を出していけるのではないでしょうか。
 デジタルトランスフォーメーション(DX)の代表銘柄の1つであるマイクロソフト。株価は2020年1年間で約5割上昇し、現在は時価総額が200兆円を超えています。手元の現金等も14兆円以上保有しています。
 これから見ればニュアンスの巨額買収は無理な案件ではないですが、最終的にはマイクロソフトがニュアンスのデータやアルゴリズムを価値化できるかにかかっているでしょう。IP電話のスカイプコミュニケーションズの買収のように思ったような価値を出せていない案件もあります。
 ところでマイクロソフト自身の音声AI「Cortana」は最近存在感が薄いです。CortanaをWebで検索すると「必要か」「使えない」「無効化」「危険性」「重い」「非表示」「アンインストール」といったネガティブな関連語がずらずらと出てきます。ニュアンスの取り込みで開発方針が変わるのか、気になるところです。
(シリコンバレー支局 市嶋洋平)