先週、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)業界で注目を集めたできごとがありました。ソニー子会社でゲーム事業を手掛ける米ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)と米フェイスブックがそれぞれ新技術を搭載したコントローラーを発表したのです(写真はSIEのもの)。いずれもコンピューターグラフィックス(CG)で描かれた仮想物体に触れた際に、リアルな触覚を利用者に提示する「触覚フィードバック」技術を特徴にしています。VRやARにおいて、現実とそん色なく操作し、VRやARの世界に没入するためには、この技術が不可欠です。
 SIEのコントローラーは、据え置き型ゲーム機「プレイステーション5(PS5)」用にSIEが開発中の新しいVRシステムに向けたものです。「オーブ型」と呼ぶ独特な形状を採用するなどVR向けに最適化を図っています。目玉は、PS5と同様なリアルな触覚提示機能を備えること。それが、「アダプティブトリガー」と「ハプティックフィードバック」です。いずれもPS5で初めて導入しました。
 アダプティブトリガーでは、ゲーム内のインタラクションにおける力加減や緊張感といった感覚を提示します。例えば、ゲーム内で弓を射る際に、その弦の引き絞りを指先で感じられるそうです。ハプティックフィードバックでは、多彩な振動によってさまざまな感触を提示したり、手触りを感じられようにしたりするそうです。例えば、岩石がごろごろと横たわる砂漠を横断している感覚や、戦っているときに拳を交わし合う感覚などを得られるとしています。いずれもPS5のコントローラーに採用されていますが、VRコントローラー向けに改善しているようです。
 一方、フェイスブックの新コントローラーはAR向けで、手で握るタイプではなく、腕輪型です。搭載する筋電センサーによって指や手の動きを検知して、入力に利用します。2019年に買収した米コントロール・ラボの技術を基にしました。
 フェイスブックはARグラスを開発中で、その操作の中核をなす技術と位置付けています。音声認識による操作に比べてプライバシーを保護しやすかったり、画像認識によるジェスチャー操作に比べて高い精度で指の動きを検知できる潜在性を備えていたりすることを理由に挙げています。加えて、指や手の一部を欠損している状態でも筋電センサーであれば、入力に利用できる利点があります。
 現状で実現できているのは、人さし指と親指をつけたり、離したりする動きで仮想ボタンをタップする「クリック」と呼ぶ操作にとどまります。ですが、研究開発を進めれば、いずれ仮想物体に触れて動かす操作やキーボードのタイピングといった複雑で、高い精度を求める操作にも対応できるとみています。
 高精度な入力とセットで、触覚フィードバックが必要です。腕輪型なので、手に握るコントローラーに比べて、リアルな触覚を提示するための技術ハードルは高い。それでも、フェイスブックはあきらめずに試行錯誤しています。今回、2つの異なるフィードバック技術を搭載した試作機を披露しました。
 1つは、腕輪の内側に、空気圧によって膨らんだり縮んだりする「ベローズ(ふいご)」を8つ備えた試作品です。振動とベローズによる圧力で触覚フィードバックを提示します。もう1つは、6つの振動アクチュエーターで手首を圧迫して、触覚を提示するタイプの試作品です。いずれも初期段階にあるものの、フェイスブックは有望な技術と位置付けています。
 SIEのVRコントローラーは22年以降の製品化、フェイスブックのARコントローラーは数年先の製品化を想定していますが、現時点で成果を発表している狙いは「仲間作り」ではないでしょうか。VRもARも魅力的なコンテンツがなければ、市場が広がりません。ですから、コンテンツ開発者を呼び込む必要がある。そこで、早めにコントローラーの成果を発表したり、コンテンツの開発環境を整えたりしているわけです。実際SIEは、発表から間もなくして、ゲーム開発者にVRコントローラーの試作版を提供するとしています。フェイスブックも、いずれ同じような取り組みを始めるでしょう。
 ただし、こうした仲間作りは、プラットフォームを提供する1社が軸になっているだけに過ぎません。触覚フィードバックという新しい技術を普及させるには、特定の企業だけに依存しない標準化やプラットフォーム化が不可欠です。触覚というのは個人差が出やすい「感性」の世界ですから、一層重要です。
 ディスプレー業界は、人間の視覚を基にさまざまな標準仕様を定めて、普及促進に努めてきました。基にあるのは光の3原色(赤・緑・青)です。同様に、人間のメカニズムに適合した形で触覚も「3原触」として分解し、伝送・再現できれば、企業やプラットフォームなどに依存しない触覚提示が可能だとみられています。触覚フィードバック技術の研究者の間では、3原触を基にした触覚再現に向けた取り組みが既に始まっています。この完成が、VRやARが産業として大きく発展するために不可欠になるでしょう。
(シリコンバレー支局長 市嶋洋平)