こんにちはシリコンバレー支局の市嶋です。
 先週、シリコンバレーにサンフランシスコを併せたベイエリアでは、日本人コミュニティーにとってうれしいニュースがありました。
 サンフランシスコの公立クラレンドン小学校の日本人教師、田中淳子さんが「Elgin Heinz Outstanding Teacher Award」という賞を受賞しました。日米の相互理解の推進に貢献した優れた教育者を全米から選出し授与するもので、バイリンガルや人権啓発の教育に携わってきた成果を評価されたものです。
 田中さんは日本人など日本語を母国語とする生徒と、「日本語を外国語として学んでいる学習者」を組み合わせて、互いに学ばせる指導をしています。また、第2次世界大戦時の日系人の強制収容の名誉回復に努めたフレッド・コレマツ氏について、担任のクラスの生徒で劇を上演。現地の生徒も巻き込んで啓発に取り組んできました。
 2月26日、オンラインで開催された授賞式で田中さんは「英語以外の言語を話す生徒が、文化も含めて認められる場を作りたいと思っています。日本人の生徒も、私のアシスタントになったり、リーダーになったりすることで自信を持って、学業でも社会的側面でもリスクを取って行動できるようになりました」と話しました。
 私もシリコンバレーの現地中学校に子供を通わせていますが、日本人が少ないこともあって、米国社会に入らせていただくというスタンスになりがちです。田中さんのような取り組みがあれば、世界で日本がどのような役割を担っていくべきかという意識が、小学校の段階から芽生えるのではと思いました。
 さて先週1週間のシリコンバレーのニュースで注目すべきは「SPAC」と呼ぶ新たな上場手法です。通常のIPO(新規株式公開)による上場手法とは異なり容易なことから“裏口上場”ともいわれてきました。
 SPACは「すぱっく」と発音し、特別買収目的会社(Special Purpose Acquisition Company)の略です。未公開企業や他社の事業を買収することだけを目的とした上場会社です。既に上場しているSPACと、有望なテクノロジーを保有するスタートアップが合併することで、市場から資金を迅速に調達できるというメリットがあります。IPOのように特定の機関投資家や個人投資家のみが公開株を手にすることができるという不公平感もありません。
 SPACを新たな上場手法と言いましたが、実は1990年代から、規模の小さな企業の上場手段として使われてきています。それがここに来て先進テクノロジーを持つスタートアップの上場への近道として使われているのです。SPAC上場の動向を集計している米SPAC Researchによると、2020年には248件が行われ、834億ドル(約8兆8900億円)もの資金が調達されています。そして21年は既に20年の8割弱の204件で654億ドル(約6兆9700億円)にも達しており、過熱気味であるといえます。
 先週2月24日には、「空飛ぶクルマ」と呼ばれる電動垂直離着陸(eVTOL)機を開発するシリコンバレーのスタートアップであるジョビー・アビエーションがSPACで上場すると発表しました。日本企業ではトヨタ自動車が出資し協業しており、ご存じの方も多いかと思います。YouTuberなどが使っているカメラの三脚も手がけていることで知られています。
 ジョビーが合併予定のSPACである米リインベント・テクノロジー・パートナーズ(Reinvent Technology Partners、RTP)はニューヨーク証券取引所に20年11月に上場した企業で、3月1日現在の時価総額は約10億ドル(約1060億円)です。RTPのホームページは極めてシンプルでIR情報と経営者が掲載されているだけでした。ジョビーはSPAC上場で約66億ドル(約7051億円)の価値を見込むとしています。
 SPACはスタートアップ側の審査が緩くなることから、その事業の実現性に注意が必要です。20年6月にSPAC上場した燃料電池トラックのスタートアップ、ニコラは同年9月、米ゼネラル・モーターズ(GM)と資本提携を発表。GMがニコラのトラックを生産する予定でした。その後、調査会社がニコラの技術の問題点を指摘したリポートを出したことなどで、資本提携は撤回されました。最終的にGMへ燃料電池を供給する契約は残ったようで、今後が注目されています。
 SPACのようにスタートアップが成長するための資金調達の選択肢が米国は豊富で、エコシステムを支えています。シリコンバレーのある個人投資家は「SPAC上場は今後も続きそうだが、昨今の資産バブルが生み出した危険な商品という面もありそうだ。ただ、我々投資家からしたら上場が早まるのでありがたい。実際、投資先の1社がSPACでの上場を検討している」と複雑な表情で話してくれました。
 いずれにしても現在のペースでスタートアップのSPAC上場が増えれば、“裏口上場”ではなく主流になるかもしれません。
(シリコンバレー支局長 市嶋洋平)