「あと数年で店を閉めようかと思っているんですよ」
 3月下旬、上海にある飲食店の日本人経営者が、こう話しかけてきました。突然のことに驚いて話を聞いてみると、そう思うようになった最大のきっかけは「デジタル人民元」のニュースなのだといいます。
 中国政府は昨年後半から様々な都市でデジタル人民元の実証実験を実施しています。上海でも中心部のショッピングモールなどで利用できる店舗が増えており、国有銀行の一部ユーザーを対象に利用者を拡大しているといいます。すでに支付宝(アリペイ)と微信支付(ウィーチャットペイ)により、ほとんどデジタル決済に困ることはない状況です。「それなのにデジタル人民元を導入するのは政府が色々な情報を捕捉しておきたいから」というのが店主の見立てでした。
 中国人民銀行(中央銀行)は1月、決済市場で3分の1以上のシェアを持つ事業者を当局が定期的に招集するという案を発表しています。独占禁止法に違反していないか、厳しく目を光らせていくことになるでしょう。デジタル人民元と民間のデジタル決済は共存するというのが政府の立場ですし現実もそうなっていくでしょうが、国家統制がその手段というのはいかにもこの国ならではといえます。
 新疆ウイグル自治区や香港、台湾などを巡り、周辺国との緊張が高まっているのも「なんとも嫌な感じだ」とのことでした。「脱税しているところも多いけど、うちはまっとうに商売しているつもりです。でも、もしまた日本との関係が悪くなって色々と調べられたら納税や手続きの細かなミスを掘り返して色々と指摘されると思うんですよね」とため息をつきました。
 なんとも返答に困りましたが、尖閣諸島の領有権問題で日中関係が極端に悪化した時を経験している人の言葉だけに一定の説得力はありました。果たして、彼の商売人としての勘は当たるのでしょうか。
(上海支局長 広岡延隆)

(写真:ロイター/アフロ)