「それにしても上海の感染対策はゆるゆるですね」
 記者が住む上海に北京から出張してきた知人が半ばあきれたような、半ばほっとしたような表情でつぶやいたのは3月上旬のことでした。確かに上海の道行く人を見てもマスクの着用率は5割前後といったところ。私もいつの間にか気が緩んでいたかもしれないと反省しつつ、北京の状況を聞くと想像以上の厳しさでした。
 マスク着用は当然。例えばタクシーに乗る際は、全員がその都度車内に貼ってあるQRコードをスマホでスキャンし、表示される健康コードを運転手に見せなければいけません。健康コードは中国政府の持つ行動履歴のビッグデータと照合して感染リスクが低い人のスマホに緑色、高い人には黄色や赤色を表示する仕組みですが、スクリーンショットでごまかす可能性を防ぐためだといいます。同じ建物の中で移動する場合も、部屋に入るたびに健康コードをスキャンしなければならないことがあるといいます。
 デジタル技術をフル活用した水も漏らさぬ厳戒態勢。理由は、もちろん3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代、国会に相当)です。
 全人代の冒頭では、李克強首相による「政府活動報告」が行われます。今年、李首相はこのように述べました。
 「突如として発生した新型コロナウイルス感染症、世界経済の大きな後退など、いくつかの深刻な影響を前にして、習近平同志を核心とする党中央の力強い指導のもと、全国各民族人民は粘り強く奮闘し、感染症対策の取り組みにおいて重要な戦略的成果を上げ、世界において経済のプラス成長を実現した唯一の主要経済国となり、貧困脱却堅塁攻略戦の全面的勝利を収め、小康社会の全面的完成の決勝段階において決定的な成果を上げ、人民の納得が得られ、世界が注目し、歴史に刻まれる結果を出した」
 全人代は例年3月5日から10日間程度開催されるのですが、昨年は新型コロナウイルスが流行した影響で5月開催となりました。今年は中国共産党の創立100周年で、その権威にいささかでも傷をつける事態は許されません。新型コロナウイルスを習氏と中国共産党の指導の下で抑え込み主要国唯一の経済成長を果たしたという勝利宣言のため、首都防衛は文字通り必達目標だったのです。
 今年は中国の第14次5カ年計画がスタートする年ですが、政府活動報告で李首相は国内総生産(GDP)目標に触れませんでした。前5カ年計画では「年平均6.5%成長」と高らかにうたわれましたが、今回の5カ年計画でGDP目標の策定が見送られる公算は非常に大きくなりました。
 低廉な賃金と膨大な労働人口をベースとした、中国の高度経済成長がいよいよ終わりを告げようとしています。同時に中国の権威主義的傾向は急速に高まっており、香港や新疆ウイグル自治区、台湾などを巡る問題で国際社会とのあつれきが強まっています。歴史の転換点において中国はどこに向かうのか。世界中が固唾をのんで見守っています。
(上海支局長 広岡延隆)

(写真:AP/アフロ)