こんにちは、ニューヨーク支局の池松です。早いものでもう4月下旬、ニューヨークにも春がやってきて日中は20度前後まで気温が上がるようになってきました。暖かくなってくるとどうしても外に出たくなるものです。この原稿を書いている4月20日、5番街に行くと以前よりも街に人が出ているように感じました(写真)。ただニューヨークではいまだに新型コロナウイルスの新規感染者数が1日あたり5000人を超えています。ウイルスは私たちの気の緩みにつけ込んできます。気をつけなければ、と改めて感じました。
 20日の夕方現在、こちらで最も大きな話題になっているのが、米ミネソタ州ミネアポリスで起きた黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死事件を巡る裁判です。午後5時前、白人元警官のデレク・ショービン被告に有罪評決が言い渡された時、米テレビ各局はどこも特別番組を組んで法廷の様子を生中継していました。
 言い渡された時のショービン被告は、マスクをしていたので表情はよく見えませんでしたが、体はじっと動かず、目だけをキョロキョロさせていました。第2級殺人、第3級殺人、過失致死の3つの容疑で評決が順に読み上げられたのですが、「有罪」の声が聞こえる度、ショービン被告の目の動きが激しくなったように見えました。
 その後は裁判所前に集まった人々が歓声を上げる様子や、フロイドさんの家族の様子、ジョー・バイデン米大統領とカマラ・ハリス米副大統領の短い演説などが、通常のテレビ番組を遮って次々と中継されました。いかにこの事件が、米国民にとって重大かつ意味のあるものだったかが伝わってきます。
 本欄でも何回か取り上げてきた人種差別の問題は、実際に差別される側に立たされてみないと理解しにくいもののように感じます。筆者も、3月下旬にニューヨーク市で立て続けにアジア人を狙ったヘイトクライム(憎悪犯罪)が発生したことで、改めて差別のある社会に暮らす難しさを感じるようになりました。
 犯罪が増えてから、筆者の行動は下記のように変化しました。
・地下鉄には何があっても乗らない。
・人通りの多い大通り以外は必要に迫られない限り歩かない。
・バスが通っていれば数ブロックでも乗る。
・午後7時以降は外出しない。外出する場合はタクシーやウーバーを利用する。
 このように気をつけていても身の危険を感じることはあります。パンデミック発生後、ニューヨーク支局に出社するのは月2回程度に限定しています。ちょうど先週、出社した日があったのですが、帰りに乗ろうとしていたバスがなかなか来なかったため、別の路線のバス停に向かって大通り沿いに歩いていました。
 信号待ちをしていると、黒人男性が筆者のことをじっと見ながら近寄ってきました。ふらり、ふらり、と、足取りもおぼつかない様子です。
 なるべく平静を装い、目を合わせないようにして、でも視界の端で彼をとらえて警戒しながら、信号が変わるのを待ちました。「殴られたらどうしよう」。その時はどしゃぶりの雨が降っていました。傘で一瞬、顔を隠しましたが、相手が見えないのも怖いので持ち直し、やはり視界の端で彼をとらえながらいつでも反応できる態勢でいました。
 ふらり、ふらり。やはり近づいてきます。「うーん、どうしよう。逃げようか」。そう思った瞬間、彼はふと立ち止まり、硬直の時間が一瞬、あったかと思うと、急に方向転換をして去っていきました。
 「ああ、良かった!」。遅れて怖さがやってきて、全身の力が抜けるような感覚を覚えました。
 彼が何をしたかったかは分かりません。何もしようとしていなかったかもしれません。あるいは単に、犯罪が急増した後に筆者の中に芽生えた「アジア人は差別されていて街中で殴られてもおかしくない」という考えが、必要以上の警戒を生み出しただけかもしれません。いずれにしても手に汗を握る体験でした。
 思いを巡らせたのは、米国で暮らす黒人の人たちがいかに暮らしにくい毎日を過ごしているかでした。こんな緊張した状況の中で過ごすのは、自由が奪われている感覚で、相当、息苦しいはずです。彼らにとってそんな状況は、生まれた時からずっと続いていると考えられます。しかもそれは、自身の母国で起きていることで、逃げようがないのです。
 そう考えると、フロイドさんの死が数多くの人に与えた恐怖や怒り、悲しみややるせなさを少しは理解できるような気がします。この事件をきっかけに、米国だけでなく世界で人種差別に対する理解が進むことを願います。
 なお先週の本欄とコラム「ニューヨーク発直行便」で米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)製ワクチンを接種したことを書き、友人知人や見ず知らずの方からご連絡をいただきました。ありがとうございます。その後、体調は良好ですので念のためお伝えします。
(ニューヨーク支局長 池松由香)