14日の月曜日、新型コロナウイルスワクチンを接種しました。機会は当面ないだろうと考えていましたが、数週間前にタイ外務省から外国メディアに対し接種枠を設けるとの連絡があり、10日の木曜日夜、唐突に「14日に接種できるから登録するように」というメールが回ってきました。
 タイ政府は国民へのワクチン接種を急いでいますが、少なくとも1回の接種を受けた人の割合は人口比でまだ1割に満たず、2回の接種を終えた人の割合は同2%にも満たない状況です。タイの人々の多くがまだ接種できていないのに、外国人である自分が接種していいのかという思いはありました。ただ今後の取材活動などを考えれば、早く接種を受けるに越したことはありません。
 タイに滞在している外国人の中では比較的早い段階で接種の機会を得たグループになると思います。ではなぜ我々のような外国メディアが優先されたのでしょうか。
 副作用の発熱でぼんやりした意識の中、うがった見方が浮かびました。ワクチン接種率が低いからこそ、早い段階で我々外国メディアに接種機会が回ってきたのではないかという考えです。自国の新型コロナ対策やワクチン接種について、ネガティブな報道が出ることを避けたいとの思いがタイ政府にはあったのではないでしょうか。
 外国メディア向けのワクチン接種が実施された2日後、プラユット首相はテレビで演説し、120日以内に外国人に対する入国規制を緩和する方針を明らかにしました。ワクチンの接種を条件に隔離措置を免除するそうです。外国人観光客の受け入れを再開し、観光業を活性化させることが目的です。
 タイにとって観光業は経済の柱で、2019年には約4000万人もの観光客を受け入れました。しかし新型コロナの影響で観光客の数は激減し、ホテルや飲食店、マッサージ店などの閉店が相次ぎました。この影響で失業者は急増しています。バンコクポストは5月末「外国人観光客が戻らない場合、今年後半には新たに観光関連で300万人もの人々が職を失う」という業界団体の懸念を報じています。
 政府の支援も限界に近づいています。財源の確保が難しく、巨額の借り入れを実施したことにより債務残高も膨らみました。そのGDP(国内総生産)比は新興国の適正水準とされる60%に迫っています。また家計部門の債務も増加に歯止めがかかっていません。
 タイ経済は外国人の入国規制を緩和せざるを得ないところまで追い詰められてしまいました。プラユット首相は演説でこれを認めており、「経済状況を見る限り私たちはリスクを取らなければならない時期に来ている」とか「私たちは全ての人々が2回のワクチン接種を終えるタイミングを待つことはできない」と訴えました。
 タイは足元で新型コロナ感染拡大の第3波にさらされています。毎日2000人を超える新規感染者が出ている最中に規制緩和の方針を発表せざるを得なかったのは、政府にとって苦しいところです。感染が拡大しているのに、ワクチン接種は進まず、さらに悪いことに入国規制まで緩和しようとしている。口さがない外国メディアから、こうしたネガティブな報道が相次ぐことは避けたいと考えるでしょう。
 報道内容を少しでも政府寄りにするために外国メディアにワクチンを打ったという考えに根拠はありません。またワクチン接種を受けたところでメディアの報道姿勢が変わることもないでしょう。ただ、こうしたうがった見方にも説明がつくほど、タイ経済は苦境に直面しています。
 リスクを取って国を開くべきか、安全を重視して閉じ続けるべきか。政府が決断を迫られる状況は、五輪開催を間近に控えた日本とも共通しています。タイの場合、プラユット首相は自分たちが追い詰められていることを認め、「リスクを取る必要がある」と国民に呼びかけました。では日本はどうでしょうか。五輪開催に向けて、菅首相は国民にリスクを取ることを求められるのでしょうか。
(バンコク支局長 飯山辰之介)

(写真:ロイター/アフロ)

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