タイ・バンコクポストの5月26日報道によれば、タイ政府はこのほど自家用車を利用した配車サービスについて合法化する運輸省令案を承認しました。首都バンコクなどでは既に配車サービスは市民の足として定着していますが、自家用車の利用については法的に曖昧な状態が続いていました。今回の省令はきちんとした法的な位置づけを求める声に応えたものです。これを契機に配車サービスの普及に拍車がかかることは間違いないでしょう。
 東南アジアのインターネット市場を足元でけん引しているのは、グラブ・ホールディングス、ゴジェックを両雄とする配車アプリを主力とする企業です。特に最大市場であるインドネシアでは、本拠を構えるゴジェックとシンガポールを拠点とするグラブとが激しい顧客の奪い合いを演じています。ゴジェックはベトナムなど国外市場の攻略にも動き出しており、各国に進出済みのグラブと激突し始めました。
 勝敗の行方は見えませんが、どちらに軍配が上がってもメリットを享受できそうな、うまいポジションを取った機関投資家がいます。ソフトバンクグループです。
 ソフトバンクグループはグラブに出資しており、同社の主要株主となっています。2018年には同じ出資先の米ウーバーテクノロジーズとグラブとの間に立ち、グラブによるウーバーの東南アジア事業買収を後押ししたといわれています。この買収により、グラブは域内各国の配車市場に早々と足場を築くことに成功しました。
 昨年には東南アジアの配車市場で新たな再編の報道が駆け巡りました。グラブとゴジェックが合併交渉に入っているというのです。この交渉にもソフトバンクグループが関与していたとブルームバーグなどは報じており、グラブとゴジェックの経営幹部による最終的な話し合いに、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長も参加していたそうです。統合が合意に至った場合、域内市場をほぼ独占するプレーヤーが登場することになります。
 ただ主導権争いなどで交渉は難航し、結果的に統合が実現することはありませんでした。ウーバーとグラブの交渉を成功させた孫会長でしたが、ゴジェックをも傘下に収めて東南アジアの配車市場をまるごと飲み込むことは難しかったようです。
 それでも、転んでもただでは起きないのが孫会長です。ゴジェックとグラブの統合交渉が破談となって間もなく、今度はインドネシアのネット通販大手トコペディアとゴジェックの合併交渉が報じられました。そして今回の交渉にもソフトバンクグループが背後で動いていたと見られています。同社はトコペディアにも出資しており、その株主として名を連ねていたからです。
 トコペディアとゴジェックの統合交渉は今年初めから報道が相次ぐようになりました。ただ計画自体はグラブとゴジェックの統合交渉が進んでいた昨年からあったはずです。グラブとゴジェックの交渉が行き詰まった場合の次の策として、孫会長はゴジェックとトコペディアの統合交渉を前進させる段取りをあらかじめ組んでいたのではないかと思います。つまりソフトバンクグループはグラブを通じてゴジェックに触手を伸ばす一方で、これが難しくなった場合はトコペディアを通じてゴジェックを抑えるという「両にらみ」の戦略を持っていたことになります。
 配車サービスの巨人同士の統合は結実しませんでしたが、ゴジェックとトコペディアという異業種の統合交渉はスムーズに進み、両社は5月17日、経営統合すると発表しました。米国で言えばウーバーとアマゾン・ドット・コムが統合するようなもの。非常に大きなインパクトがあります。統合後の新会社「GoTo(ゴートゥー)グループ」が展開する事業は配車から宅配、ネット通販、金融など多岐にわたり、それぞれの事業で統合の相乗効果が見込めます。
 グラブとゴジェックとの競争関係にも変化が起きると思います。域内最大市場であるインドネシアのネット市場については配車サービスも含めてGoToが担い、それ以外の市場開拓についてはグラブが担うといったように、勝負をかける市場のすみ分けが進む可能性があります。上述したように、配車サービスではグラブとゴジェックが消耗戦を繰り広げているため両社とも利益の確保が難しい状況が続いていますが、すみ分けができれば競争環境は緩和されるでしょう。株主であるソフトバンクグループはそのメリットを享受することになります。孫会長が全体としてどのような青写真を描いているかは分かりません。ただ、成長が確実視されている東南アジア市場を手中に収めるための戦略を幾重にも張り巡らしていることは確かです。
(バンコク支局長 飯山辰之介)