日本と同様に、タイでも新型コロナウイルスの感染再拡大にともない「ワクチン接種のペースが遅い」という批判が強まっています。共同通信グループのNNAがまとめているアジア各国のワクチン接種状況のデータを見ると、「少なくとも1回接種した人の割合」でタイは1.9%と、シンガポール(23.3%)、マレーシア(3.4%)、インドネシア(4.9%)、カンボジア(10.6%)など域内各国に出遅れています。ちなみに日本は2.6%ということです。
うずまく不満を好機と見たのが、観光客の激減に悩むタイの旅行会社でした。一部の旅行会社が米国への「ワクチンツアー」を相次ぎ企画しています。ワクチン接種が進む米国では、全人口の約半数が少なくとも1回の接種を既に受けています。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、米国の多くの州では新型コロナワクチン接種に居住地の制限を設けておらず、ニューヨーク市やフロリダ州ではワクチン接種を目玉とした観光客の受け入れに動いているといいます。
タイの旅行会社が企画するツアーの価格は「航空券を除いて」14万~15万バーツ(49万~52万円)だそうです。米国の西海岸でジョンソン&ジョンソン(J&J)のワクチンを接種できるとうたうある旅行会社のツアーは2~3人の催行で17.5万バーツ(約61万円)とありました。ビザの関係で大人数が参加するツアーは催行が難しいようですが、「3~4人程度のプライベートなツアーがアレンジされている」とバンコクポストは指摘しています。米国でワクチン接種ができる保証はあるのか、接種を受けた参加者に重い副作用が出たらどうするのか。タイ国旅行代理店協会などは懸念を示しているものの、バンコクポストの取材によれば、ワクチン接種ツアーの需要は着実に伸びているそうです。
一般的なタイ人が50万円以上もするツアーに参加することは難しく、主な顧客は富裕層です。彼らは遅々として進まない接種にじれているだけでなく、タイで接種できるワクチンの種類にも不安を抱いています。タイでは英アストラゼネカなど欧米企業が開発、生産するワクチンだけでなく、中国シノバック製も輸入しており、ロシアが開発したスプートニクVや国内生産したワクチンも利用する計画です。こうした欧米以外で生産されたワクチンを接種されることに不安を覚える富裕層は少なくないようです。
富裕層が高額なワクチンツアーに殺到しているとのニュースを見て思い起こされるのが、前回のニューズレターでも触れたバンコクのスラムです。「お金持ちは新型コロナが押し寄せたとしても痛くもかゆくもない。広い家に閉じこもって、レストランの食事のデリバリーサービスを利用していればいいのだから」。スラムを取材した際に現地で聞いた言葉です。今スラムは感染拡大の危機に直面しています。さらにタイ法務省によれば、バンコクの刑務所2カ所で集団感染が発生し、約2800人以上の受刑者が感染していることが12日明らかになりました。リスクの少ない生活を送り、海外でいち早くワクチン接種を受けられる人々と、感染リスクにさらされ続ける人々とのコントラストがタイの深刻な格差問題を映しています。
(日経ビジネス バンコク支局長 飯山辰之介)
(写真:AFP/アフロ)