インドで新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大しています。2020年9月をピークに、今年3月ごろまで新規感染者数は減少する傾向にありましたが、その後急激な増加に転じました。4月4日には1日当たりの新規感染者数は10万人を突破。15日には20万人、そして21日には30万人を突破しています。首都ニューデリーをはじめ各地で封鎖措置が導入されていますが、拡大のペースが衰える気配はありません。現地報道によれば、病院ではベッドや医療用酸素が不足しており、医療崩壊が危惧されています。封鎖措置の影響で、同国の二輪車最大手ヒーロー・モトコープが国内の全生産拠点で操業を一時的に停止するなど、経済への影響も甚大です。
 感染拡大の第2波の到来により、インドが展開してきた「ワクチン外交」が行き詰まりつつあります。
 もともとワクチン生産大国として知られていたインドは、英アストラゼネカが開発した新型コロナワクチンを大規模に製造し、これを各国に無償で供与してきました。同国外務省が開示している資料によれば、無償供与先は47カ国、供与した数量は累計で約1061万回分に上ります。加えて、途上国にワクチンを行き渡らせるための国際的な枠組みである「COVAX(コバックス)」向けにも、これまでに約1986万回分を供与してきました。
 ワクチン外交を繰り広げてきたのはインドだけではありません。これを積極的に展開していたのは中国でした。緊張関係にある両国は、戦略物資となったワクチンを競い合うように供与し、国際社会における存在感を高めようとしてきました。現地報道によれば、自国製ワクチンの競争力を高めるため、インド国内ではタタ・グループなどが展開する低温物流インフラとセットでワクチンを輸出するようなプランも持ち上がっていたといいます。
 インドのワクチン輸出が軌道に乗っていた1~3月は、ちょうど新型コロナの感染が落ち着いていた時期に当たります。感染拡大の第1波をうまく抑え込むことができたという自信が、インドをワクチン外交に前のめりにさせたのでしょう。しかし、この自信は打ち砕かれてしまいました。今、インドにワクチンを輸出する余裕はとてもありません。ロイターによれば、3月26日、インド政府は各国に対し、自国のワクチン接種を優先させると通知しています。輸出を全面的には停止しないという方針も示されましたが、同国外務省のデータを見る限り、4月の無償供与は4カ国向け20万回分に抑えられています。コバックス向けの輸出も4月16日を最後に途絶えており、供給数も3月に比べ激減しています。
 ワクチン輸出大国だったインドは今やその不足に悩んでおり、輸入を検討することを迫られています。4月13日には規制当局がロシアの新型コロナワクチン「スプートニクV」の緊急使用を認めたと明らかにしました。「5月までにスプートニクVが輸入される可能性が高い」。現地紙ヒンドゥスタン・タイムズはこう報じています。
 インドのワクチン輸出の停滞は各国の調達計画を狂わせます。AP通信の報道によれば、これにより6月までコバックスを通じた各国へのワクチン供給がストップし、60カ国でワクチン接種の開始時期が遅れる恐れがあると指摘しています。困るのは途上国ばかりではありません。ロイター通信の4月1日の報道によれば、ワクチン不足に悩む欧州連合(EU)も、インドに1000万回分の輸出を求めていたそうです。ただ、すぐに応えられる状況にはないとロイターは指摘しています。
 一方、インドのライバルである中国のワクチン輸出が停滞しているという報道を目にすることはありません。今も活発なワクチン外交が展開されているとみられます。インド製ワクチンの輸出停滞を受けて、今後は中国やロシアに頼る国が続出するかもしれません。中露からすれば好機とも取れる局面です。
 インドでは1つのウイルス内で2つの変異が起きる新型コロナウイルスの「二重変異」が確認されており、これが感染拡大に拍車をかけているとの見方が出ています。新たな脅威にさらされ、医療態勢は崩壊の危機に瀕しています。これをいかに乗り切るか。その成否は、世界の新型コロナとの闘いにも大きな影響を及ぼします。
(日経ビジネス バンコク支局長 飯山辰之介)

(写真:ロイター/アフロ)