マレーシアを本拠地とする東南アジア最大の格安航空会社(LCC)、エアアジア・グループが事業の多角化を急いでいます。スター・オンラインやバンコクポストなどの報道によれば、今年4月には自社アプリを通じた配車サービスを開始し、早ければ来年にも4人乗りのマルチコプターを活用した「空飛ぶタクシー」を商業化する計画です。さらにドローンによる商品配送サービスの展開も予定しています。
 支局コラム「エアアジア、日本撤退に透けるしたたかな戦略」でも触れたように、新型コロナウイルスの感染拡大を受けてエアアジアは危機に直面しました。現地報道によれば、これを創業者のトニー・フェルナンデスCEO(最高経営責任者)は「ビジネスをつくり替えるまたとない機会」と捉え、日本の国内線など不採算路線からの撤退を進めつつ、経営資源を新しい事業に集中させています。
 エアアジアの戦略転換は、新型コロナの感染拡大を機に起きつつある非連続な変化を象徴しているように思います。
 2001年に創業した同社は過剰なサービスをそぎ落とし、旅客機の稼働効率を高めるなどして低価格の運賃を実現。業界にLCC旋風を巻き起こしました。同社は域内の人々に「早くて安い」長距離の移動手段を提供し、気軽に外国を訪れることを可能にしたのです。その成功を受けて、域内には雨後のたけのこのようにLCCが乱立しました。オーストラリアの航空関連シンクタンクによれば、08年から18年の10年で東南アジアを飛ぶ旅客機の座席数は4倍に急増したそうです。
 ただ厳しい価格競争が起きた結果、エアアジアを含む東南アジアの航空各社は消耗し、徐々に追い詰められていきました。採算を度外視して座席を埋める経営は行き詰まりつつあったのです。そこに追い打ちをかけるようにコロナ禍がやってきました。各国は感染拡大を防ぐため相次ぎ国境を閉じ、人々はむやみに移動することを控えるようになりました。
 感染拡大が収束したとしても、需要は容易には元に戻らないでしょう。「なぜ、わざわざコストやリスクを負って長距離を移動する必要があるのか」、新型コロナは各国を飛び回ってきた人々に移動の意義について再考することを迫ったからです。長距離移動の需要がなくなることはないとはいえ、移動のハードルは心理的にも、物理的にも高くなるでしょう。
 そこでエアアジアが注目したのが「近距離」の人・モノの移動です。旅客機の視点からすれば「超近距離」と言ってもいいかもしれません。空飛ぶタクシーやドローン配送は基本的には自宅や職場周辺の人やモノの移動に焦点を当て、これを効率化するサービスです。今後、生活圏や経済圏は相対的に小規模化し、長距離よりも近距離の移動が活発化する。エアアジアはこう見ているのではないかと思います。
 生活圏や経済圏が小規模化するという見方は、いわゆるニューノーマルについての議論では珍しくありません。ただ東南アジアの格安航空市場を開拓したエアアジアがこの領域に注目し、「超近距離市場」でイノベーションを起こそうと本腰を入れて取り組み始めたことは注目に値すると思います。その成否はまだ分かりませんが、近い将来、同社の主力ビジネスは大きく入れ替わっているかもしれません。
(バンコク支局長 飯山辰之介)

(写真:ロイター/アフロ)