日本では先週の2月17日から新型コロナウイルスワクチンの先行接種が始まりました。東南アジアでも徐々に接種が始まっています。ただワクチンの供給量は世界的に逼迫しており、各国が十分な数を確保できるかどうかについては不透明です。新型コロナワクチンは希少価値の高い戦略物資になりました。これを十分に確保できる国は経済面でもいち早く回復軌道に乗れる可能性がある一方、調達がままならない国は大きなハンディキャップを負いかねません。
 多くの国が喉から手が出るほど欲しがるワクチン。生産国がこれを外交手段として利用しないはずがありません。実際に、アジアでは生産国である中国とインドが積極的なワクチン外交を繰り広げています。
 各国報道によれば、中国は2月7日、カンボジアにシノファーム製ワクチン60万回分を無償供与しました。さらにパキスタンに120万回分、ミャンマーには30万回分を送ることを約束しました。中国製ワクチンはその他にもインドネシアやタイ、ラオス、マレーシアなど東南アジア各国で導入が進んでいます。
 一方、インドも製薬大手セラム・インスティチュート・オブ・インディア(SII)が生産したワクチンを各国に寄贈しています。ミャンマーには既にSII製ワクチンが無償供与されました。さらにスリランカやネパール、バングラデシュ、ブータン、アフガニスタンなど近隣の南アジア各国に加え、中東やアフリカにも無償供給されています。現地報道によれば、インドは1月中旬から2月中旬までに1600万回分のワクチンを20カ国に輸出しており、うち627万回分は無償供与だったそうです。中国からワクチンの寄贈を受けたカンボジアはインドにも頼っており、インドはこれに応えてSII製ワクチンを近く無償供与する見通しです。
 中国の「一帯一路」イニシアチブや国境紛争などを背景に、印中関係は悪化の一途をたどっていました。インドは中国の影響力拡大に神経をとがらせており、国内では中国製品やコンテンツを排斥しようとする動きが出ました。警戒感が高まっているところにやって来たのがワクチン特需でした。ワクチン製造大国として知られるインドにとって、新型コロナワクチンは中国の覇権主義に対抗してアジアやアフリカで存在感を取り戻す絶好の「武器」なのです。「インドはワクチン供給で中国に対して優位に立てる」。インド紙タイムズ・オブ・インディアは1月22日付電子版記事でこう指摘しています。
 財政的な余裕があり、十分なワクチンを自力で調達できる国は多くはありません。ですからインドと中国との間で起きた「寄贈合戦」が世界の新型コロナ克服に貢献していることは事実だと思います。しかし一方で、人々の生死に直結する医療資源に政治的な思惑があまりにも強く絡みつくことには不安も覚えます。ワクチンが外交手段として使われることは避けられないにしても、人道的な視点を忘れてはならないでしょう。できるだけ公平に、世界に遍くワクチンを行き渡らせるにはどうすればいいのでしょうか。
(日経ビジネス バンコク支局長 飯山辰之介)

(写真:AP/アフロ)