【メルマガ独自解説】
 男性「津波で海に流れた死体を食べたウニを誰が食べるのか!」。店主「何を言う!外の人間ならまだしも、地元民がそんなこと言うな!」。10年前の東日本大震災直後、被災地で取材も兼ねて来訪した飲食店で起きた会話が忘れられません。男性は漁師で、津波によって全てを流されました。店主は津波で多くの仲間を失いましたが、震災復興に力を注いでいました。それぞれどんな思いだったか。想像すると、胸が痛みました。震災直後の被災地は多くのハエが飛び交い、独特のにおいが充満していました。異次元の世界でした。
 あれから10年――。1月下旬、その店主を訪ねました。当時のことを聞くと「ああ、覚えているよ。誰と話をしたのかも分かる。言い合ったのはあのときだけ。皆、普通の心理状態じゃなかったからね」。そしてこう続けました。「10年か、早いね。でも、我々はあれからずっと生活が続いていて、節目なんて感じたことない。10年なんて言っているのは外の人だけだよ」。
 私が被災地を訪れたのは10年ぶり。節目を捉えて取材する自分の安直さに後ろめたさも感じます。それでも、被災地の今を少しでも伝えられたら、と思いました。現場をリポートした取材班の特集「震災10年の現実 先送り国家ニッポン」をご覧いただけたら幸いです。新型コロナ禍で苦労をしている方も多いかと思います。取材を通して私が本当に言いたかったのは、命と家族を大切に、それだけです。
(日経ビジネス記者 小原擁)