【メルマガ独自解説】
 連載企画「検証・そのとき企業は」第2回では、「新日鉄×住金、世紀の大合併」を取り上げます。新日本製鉄と住友金属工業が2011年2月にぶち上げた合併計画。そして直後の3月に起きた東日本大震災。新日鉄は岩手県の釜石、住金は茨城県の鹿島と主力拠点がいずれも大きなダメージを受けました。発表が1カ月少し遅かったら、新日鉄住金は誕生していなかったかもしれません。
 難攻不落と思われていた独占禁止法の壁を突き崩すために立てたある作戦が、偶然にも東日本大震災の直前の合併計画発表につながりました。そして誕生した新日鉄住金は、2019年に「日本製鉄」と名前を変えています。
 鉄は国家なり――。ドイツの宰相、オットー・フォン・ビスマルクが演説で発した有名なフレーズです。新日鉄住金誕生の立役者の1人、三村明夫・新日鉄会長(当時)は「やや傲慢さを感じ、必ずしも好きな言葉ではない」と言いますが、自動車や家電製品、建設などありとあらゆる産業に使われる鉄は、まさに工業の根幹をなす素材であり、国力を表す大きな存在であり続けていることは紛れもない事実です。
 官営八幡製鉄所に始まり、日本の鉄を担い続けてきた現・日本製鉄のたどった道のりを振り返れば、日本企業そのものの強さと弱さが見えてくるかもしれません。
(日経ビジネス記者 奥貴史)