それから2015年にシリウスの亀井隆平社長と出会って、スイトルが誕生したのですね。

川本:2008年に退職し広島に帰郷し、しばらくはスイトルの原型となる試作機を自宅で使っていました。飼っていた犬と猫の糞尿の掃除に便利だったので。すると、それを見た近所の人が、「うちにも欲しい」と言ってくれて。商品化するには、特許を取る必要があったので、私はまた妻に頭を下げて、特許申請や弁理士さんの相談にかかるお金を無理やり捻出してもらいました。

 特許を取得した後、シリウス取締役の竹内創成さんに商品化をご相談しました。竹内さんは三洋電機のヒット商品「GOPAN」の名付け親です。竹内さんの紹介で亀井社長に試作機を見ていただき、「これはすごい。大ヒットしますよ」とありがたい言葉をいただいて、シリウスさんと商品化することが決まったのです。

川本氏の自宅2階の「研究室」。工具や材料などが所狭しと並ぶ。

自宅の2階の6畳間を「研究室」として使っていらっしゃるのですね。見たこともない工具がたくさん並んでいます。

川本:部屋が散らかっていて恥ずかしいですが……。これはボール盤、これはベルトサンダー。糸のこは小学校で見たことがあるかもしれませんね。電動ドリルとかヒートガンもよく使います。棚には、ドリルの付け替え刃とかピンセット、はさみやペンチなんかが入っています。あと、アクリル板の切れ端は使えるので、段ボール箱に入れて取っておきます。

 ちょっとやってみましょうか。設計図は書かんのですよ。イメージして、こんな感じかなって定規で線を引いて、大きめにカッターで切って。ヒートガンを使うときは熱くなるので軍手をはめます。こうやって温めて、木型に当ててゆっくり押さえると、ほら、曲がるでしょ。この「ばり」は、小刀で削って……。で、また調整して。この繰り返しです。

すごいですね。不器用な私には到底まねできません(笑)。

川本:もともと手先は器用な方で。子供の頃、母親が製縄工場で働いていて、学校が終わった後によく遊びに行っていたんですね。製縄機が壊れることがよくあって、直しながら使っていた姿を見ていました。それで私もものを作るのが好きになって。

 小学校4、5年生の頃でしょうか、木を小刀で削って、関西汽船の模型を完成させました。学校の成績は良くなかったけれど、頭で描くというか、イメージして手を動かすのは空きでした。子供の頃は、将来は大工になりたいと思っていました。

 機械工学や流体力学とかを系統立てて学んだことはありません。「どうすればうまくいくだろうか」。ノズルなんかも、じーっと見て、ここをこうしたらいいかなって。

発明の醍醐味って何ですか。

川本:やっぱり、想像していた以上に良い結果が出たときは、「やったー」って思いますね。試作品が完成に近づくと、早く試したくて、深夜0時ごろまで起きて作業することもあります。

 色々ありましたが、こうして結果的に大好きなものづくりを仕事にできて、賞までいただけて、ご縁あっての人生だとつくづく思います。妻をはじめ、裕福ではない毎日の中で、私の無理を聞いて研究をやらせてくれた家族には本当に感謝しています。

 世の中は「デジタル」がはやっていますが、私は見えないものはダメですね。見える物は何とかなる。アナログでできることはまだまだあると思います。