今年16回目を迎えた「日本イノベーター大賞」(主催:日経BP社、協賛:第一三共)の受賞者が決定した。
◆大賞
山田進太郎氏 メルカリ会長兼CEO
「フリマアプリ『メルカリ』で、新たな中古品流通市場を創造」
◆優秀賞
川本栄一氏 川本技術研究所代表
「水洗い掃除機ヘッド『スイトル』の技術を考案」
◆優秀賞
長沼真太郎氏 BAKE会長
「『1ブランド1商品』の新たな菓子ビジネスを構築」
◆特別賞
仲本千津氏 RICCI EVERYDAY COO
「布バッグでウガンダのシングルマザーの自立を支援」
◆ソフトパワー賞
古屋雄作氏 脚本家
「『うんこ漢字ドリル』で多くの小学生の学習意欲を改善」
受賞者の素顔を紹介する連載の第1回は、大賞のメルカリ・山田進太郎会長兼CEO(最高経営責任者)。13年にメルカリを創業し、同名のフリマアプリの開発を主導。アプリのダウンロード数は国内で6000万、米国で2500万ダウンロードを突破しており、若い世代を中心に圧倒的な支持を集めている。
日本で数少ないユニコーン企業(非上場で時価総額10億ドル以上)とされる。山田氏は、「シリアルアントレプレナー(連続企業家)」としての顔も持つ。スタートアップ投資の「メルカリファンド」も設立し、CtoC(消費者間取引)の市場規模拡大に向けた取り組みにも力を注ぐ。
急成長するメルカリだが、違法品の出品などの課題もある。米国を中心とする海外展開も道半ばだ。山田会長兼CEOに、メルカリのこれまでとこれからの可能性を聞いた。(聞き手は東昌樹=本誌編集長)
<表彰式に読者の皆様を無料でご招待>
表彰式は12月5日(火)午後5時から「コンラッド東京」(東京都港区)で開催いたします。観覧ご希望の方は、以下のURLからご応募いただけます。定員(200人)に達し次第、締め切らせていただきます。
http://business.nikkeibp.co.jp/innovators/
フリマアプリ「メルカリ」のサービス開始から4年がたち、中古品流通の新たな市場をけん引しています。創業当時から現在の状況を予測していましたか。
山田進太郎会長兼CEO(以下、山田):インターネットを使ったCtoC(消費者間)取引に将来性を感じたからこそ始めたサービスですから、市場は大きくなると思っていました。ただ、事業の拡大とともに思い描いていた以上にサービスの広がりが出てきましたね。やればやるほど、「あ、こういうこともできるんだ」と、可能性が広がり続けています。CtoCという事業領域を選んだのは、ある意味、ラッキーでした。
メルカリの山田進太郎会長兼CEO(最高経営責任者)。1977年生まれ。愛知県出身。東海中学校・高等学校を経て、早稲田大学教育学部に進学。大学在学中に楽天で「楽天オークション」の立ち上げなどに携わる。大学卒業後の2001年ウノウを創業。「まちつく!」などソーシャルゲームでヒットを生む。10年にウノウを米ジンガに譲渡。12年に退職後、世界一周の旅を経て13年メルカリ創業。17年4月から現職。(写真撮影=吉成大輔、以下同じ)
山田:メルカリより前にもCtoCのサービスはありました。ただ、パソコンなどのガジェットや本、女性のファッションなどの取引が中心で、僕はそれをオールジャンルでやれば、すごく大きなビジネスになると考えました。実際、次第にトイレットペーパーの芯を集めて出品する人や、子供が拾ったドングリを売る人なども出てきて、とんでもなく面白いことが起こりつつあると実感しました。その良さをできるだけ殺さないように、自由なプラットフォームとして運営してきたのが、すごく良かったところだと思っています。
中学で出世はあきらめた
メルカリは今や「ユニコーン(時価総額が10億ドル=1100億円を超えるスタートアップ)の代表格」と呼ばれるまでに成長しました。起業家になるという思いは昔からあったのですか?
山田:その部分はよく分からないところもありますが、振り返ると中学・高校時代の経験が大きかったのかもしれません。名古屋出身で東海中学・高校という中高一貫の男子校に入学したのですが、本当にとてつもなく頭のいい人たちばかりでした。進学校がたくさんある東京であれば僕と同じような学力の友人が集まったかもしれませんが、名古屋だと東海に集結してしまいます。
しかも同級生は、勉強だけでなく、スポーツ万能だったり、リーダーシップに優れたりする人ばかり。早々に挫折しました。まっとうに勝負したらダメだと思いましたね。大企業に入って出世するのはあきらめよう、医者になって成功するのも無理だなと。
中学生で出世をあきらめる?早いですね。
山田:代わりに自分なりの『山』を探して登ろうと決めたのは覚えています。小説家や建築家を目指したこともありましたね。建築家はかなり長い間本気で考え、高校では理系を選択しました。ですが、受験勉強を進めるなかで科学や数学で頂点を目指すのも難しいだろうとあきらめましたね
最終的に『ビジネスなら自分で好きなことを見つけて挑戦できる』と考えたのが起業を志したきっかけです。高校3年生から大学1年生のころだったと思います。
お話を聞いていると、若いころから自分自身を客観的に捉えていたようですね。
山田:だと思います。割と打算的というか(笑)。生存競争をいかに勝ち抜くかということは意識していましたね、今もそうですが。
そんな現実的に考える僕ですが、進むべきビジネスの道をIT業界に決めたのは早かったですね。大学に入ってインターネットを初めて見たときに感動して、この世界だったらすごく面白いことができると感じました。
幸運が重なり、何とか生き残った
メルカリが手掛けるCtoCビジネスはインターネット黎明期から将来性を指摘されてきました。山田さん自身は、いつ頃からCtoCの事業を手掛けようと考えたのですか。
山田:僕は、大学時代にインターンとして楽天でオークション事業の立ち上げを経験しました。その頃からCtoCには魅力を感じていましたが、当時はまだガラケー全盛期。主にパソコンでやり取りする「ヤフーオークション(現ヤフオク!)」は支持されていたものの、手軽にユーザー同士がつながる本格的なCtoCの土壌は整っていませんでした。
大学卒業後は、ウノウという会社を作ってフリーのエンジニアなどと組んで受託でウェブサービスを開発したり、2004年には米国に渡り知人と日本食料理店を開こうと準備をしたりしていました。米国に行きたいという思いは、漠然とありましたから。しかし、少人数しか相手にできない料理店よりも、やはりネットで多くの人を対象にしたいと考えて1年で帰国しました。
とにかく世界を相手にできるサービスを作りたくて、写真共有サイトなど10以上のサービスを作りましたが、ほとんどうまくいかなかったですね。ただ、資金調達の環境がよかったり、作ったサービスを売却できたり、幸運が重なって何とか生き延びていました。
まさに綱渡り、という感じですか。
山田:そうですね。お金がなくなるというより、どうやってサービスをブレークさせるか、考えあぐねていたという感じです。状況が変わり始めたのが08年ごろ、ゲームを手掛けてからです。これまで、世界で成功した日本発の会社はどこかと考えると、昔だったらソニーやトヨタ自動車などのメーカーですが、最近ではやはり任天堂をはじめとするゲーム会社でしょう。ならば、「ゲーム×モバイル」でやれば、うまくいくのではないかと考えたのです。
それがなぜ、4年前にCtoCに打って出ようと思ったのですか。
山田:ウノウは10年に米国のゲーム会社であるジンガに売却しました。その後2年ほどでその会社を辞め、世界一周の旅をしていました。12年後半の話です。それで帰ってきたら、ごく普通の友人までスマートフォン(スマホ)を使うようになっていました。わずか半年の旅だったのに、完全に浦島太郎です。
手のひらサイズのパソコンともいえるスマホを見た時、かつて将来性があると感じたCtoCへの思いがよみがえってきました。これで世界が変わる、スマホを使えばCtoCをもっと簡単により多くの人に使ってもらえると。
メルカリは多くの人に使われるようになりましたが、最近では現金や盗品など不適切な出品が増えており問題視されています。
山田:これまではスタートアップとして生き残るのに必死で、できる限り自由度を大きくして多くのユーザーを取り込もうとしてきました。その半面、現金の出品など想定外の事態が起きてしまいました。出品停止などの対応をしてきましたが、心のどこかで「僕らは、まだ小さなスタートアップなんだ」という意識があったことは事実です。
社会的な影響に気付くのが遅すぎた
すでにメルカリはインフラのようになっていますからね。
山田:そう。社外からは、既にメルカリは巨大なプラットフォームだと見られているにもかかわらず、想像以上に大きくなった社会的な影響力に気付くのが遅すぎました。それは、本当に反省すべきことです。各省庁やお客様、取引先など全てのステークホルダーの考えをくみ取って、適切に対応していきます。
当然の話ですが「盗品が売られていいのか」と問われれば、ダメに決まっています。現実的に防ぐ方法を考え、対応を進めています。これまでの自由度が損なわれて利用者が減るのではないかという懸念も聞きますが、普通に使っているお客様には大きな影響は及びません。むしろサービス改善につながる可能性もあるとポジティブに捉えています。
そのためには、煩わしい本人確認の導入も致し方ないと。
山田:長期的な方向性としては絶対に必要でしょう。むしろ、世界中の決済サービスが、個人情報を適正に管理することで利便性の向上につなげています。
僕らも今年6月から、銀行口座などの個人情報を登録してもらい、1カ月の支払いを翌月にまとめる『月イチ支払い』というサービスを試験運用してきました。メルカリのアカウントと銀行口座がひも付くことで本人確認もできます。メルカリを信頼していただくのが前提になりますが、将来的にはメルカリに蓄積された信用情報を外部にも利用してもらって利便性をより高めることなども考えられると思います。
違法な出品への対策には大きなコストがかかりませんか。
山田:現在は社内の人海戦術や社外からの通報に頼っていますが、AI(人工知能)など最新技術の活用も進めていきます。テクノロジーを活用すればコストが跳ね上がることはないでしょう。
国内の規制がビジネスの実態に追い付いていないという面はありませんか。
山田:確かに、規制が技術の進化に追い付いていない面もあります。ただ、現在のルールを守りながらでも挑戦できることはあります。政府内でもフィンテック支援への機運は高まっており、状況は変わりつつあると感じています。
上場計画がこれまで何度も取り沙汰されていますが。
山田:特に決まっていることはないというのが模範的な回答です(笑)。実際、上場がゴールとは思っていません。資金調達のいろんな選択肢の一つです。
山田さんを「シリアルアントレプレナー(連続企業家)の第一人者」と見る向きもあります。スタートアップのゴールについては、どう考えていますか。
山田:上場だけでなく売却という選択肢も持つべきでしょうね。ウノウを売却先した米ジンガは当時ソーシャルゲームの世界最大手でした。『世界に打って出られる』と思い、売却したわけです。当時はもう一度起業しようなんて考えてもいませんでしたしね。
僕自身はシリアルアントレプレナーだとは思ってないんですけどね。起業したのは2社だけですし。全然、シリアル(連続)じゃない(笑)。もちろん(ゼロから事業のタネを育てる)『ゼロイチ』が得意な人はいます。シリアルアントレプレナーが増えるのは社会が豊かになる可能性が増えるので歓迎です。
ただメルカリについては売却の選択肢はまったくありません。CEOというポジションにもこだわりはない。僕自身、誰かにCEOを譲ってサービス拡充や海外展開にまい進する可能性もあります。メルカリはそれだけのポテンシャルがある企業と信じています。
CtoCのノウハウは一朝一夕に築けない
米国事業に注力していますが、海外をどうやって攻略しますか。
山田:開発体制を含めた現地化に尽きるでしょう。フェイスブックやグーグルといった米IT大手は、米国から全世界にサービスを展開しています。僕らが米国に進出した3年前は、日本から米国向けのサービスを開発していました。しかし、それでは現地の声を全然吸い上げられないので、徐々に現地へエンジニアを赴任させるようになりました。現在はさらに踏み込んで現地採用を加速しています。
米国ではアマゾンやフェイスブックもCtoCに攻め込んでくるかもしれません。
山田:日本でもフリマアプリには、ヤフー、楽天なども参入しているので、ライバルが多いのは変わらないですよ。ただ、米国勢が運用体制やカスタマーサポートなどを僕らほどうまく作り込めるというイメージは湧きませんね。
米国勢が得意とする領域はメルカリとは違います。フェイスブックなら人と人のインタラクション、グーグルだったら検索をコアにしたアルゴリズムです。これまで日本や米国でCtoCのノウハウを培ってきた僕らに、一朝一夕に追い付けないでしょう。
6月にフェイスブック幹部のジョン・ラーゲリン氏をCBO(最高事業責任者)として招聘したのはなぜですか。
山田:今春から僕自身も米国に乗り込んでいますが、採用やマーケティングに限界を感じていました。そんな中、ジョンのことを思い出しました。彼は古い友人なのですが、現地で食事を何度かするうちに、「一緒にやろう」という話がまとまりました。
ジョンが来たことで、採用面が一番変わりましたね。彼はグーグルにも在籍していたことがあり、一流のIT企業から多くのエンジニアが彼を慕って入社してくれています。彼らのおかげで、サービスやマーケティングの質が徐々に高まっています。
今後、メルカリを世界的なサービスに育てていくために足りない要素は何でしょうか。
山田:う~ん、何ですかね……。欧米展開は確かに重要ですが、むしろ、組織の規模拡大による弊害にどう向き合うか、でしょうか。現在、国内のメルカリ事業に関わるエンジニアは100人強ですが、これが数百人、数千人と増えたときに、どんな体制を築くのか、僕にとって未知の領域になっていきます。
僕は、メルカリを「テックカンパニー」として成長させていきたいと考えています。日本にもヤフーや楽天などIT大手はありますが、テクノロジー企業のイメージは乏しいですよね。一方、米国ではグーグルが登場して以来、IT業界のエンジニアの働き方や組織の在り方がガラリと変わりました。そういう存在に、メルカリを成長させたい。メルカリで働くことを誰もが憧れ、新たなテクノロジーで消費者に驚きを与え続ける企業を目指したいですね。
現在最も注目されているAI技術は、メルカリにとって違法品の出品対策以外にも親和性が高そうです。
山田:AIについては、メルカリのポジショニングはとても良いと考えています。技術的には、出品物をスマホで撮影しただけでブランドを推定できるようになりますし、ビッグデータをAIが分析して、出品する際のカテゴリーや価格の設定をこちらから提案すれば、出品率や売却率を高められるようになります。
さらにIoT(モノのインターネット)やブロックチェーン、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)など、現在最先端と呼ばれるテクノロジーは僕らのビジネスと密接にかかわってくる。投資のレバレッジが利きやすいポジションにいます。社内で研究開発体制を強化していますし、大学など外部との共同開発も検討しています。
海外には絶対打って出るべき
IT分野で見ると、世界でブレークした日本発のサービスはほとんどありません。何が課題になのでしょうか。
山田:日本は国内市場が大きく、外に出ていくモチベーションが湧きにくいのが問題だと思っています。ただ、世界の市場は日本と比べて桁違いに大きい。絶対に出ていくべきです。誰かが成功すれば「私もできるんじゃないか」と、後に続く人が増える。そういう流れを、メルカリで作りたい。
起業にしても、日本ではリスクを過大に捉えすぎだと思います。失敗しても、今や誰も責めません。私自身、スタートアップを支援していますが、投資家は失敗を「ナイスチャレンジ」と評価します。
無理だと言われても、挑戦してみたら意外にできることもあります。世界で成功するコツをつかむまでは大変でしょうが、僕らは粘ってみせますよ。
新たな道を開いていくのはお好きなタイプなのですね。
山田:ははは(笑)。そういう視点で考えてこなかったですが、可能性があるなら挑戦したい気持ちは強いです。誰かができることをやっても仕方がない。誰もやってないことこそ挑戦する価値がありますね。
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