道脇:コンテスト後、僕のメンターだった岩越さん(岩越万里氏)と、大村さん(大村泰三氏)がネジロウに合流してくださいました。岩越さんは当時、日曹エンジニアリングの取締役で、大村さんは三菱マテリアルの取締役、最高技術責任者などを歴任されていました(後に実兄である大村智さんがノーベル生理学・医学賞を受賞されます)。あるときは、ハートフルな叱咤激励で、またあるときは、寝ずに働く仲間達の健康を気遣ってくれたりと、たくさんの経験や知恵をシェアして下さいました。現在、岩越さんは監査役として、大村さんは最高技術顧問として今も変わらずネジロウを支援し続けてくださっています。

 当時、お二方は本業の傍ら、朝6時から始まる週に1~3回ほどのMMM(丸の内モーニングミーティング)と名付けたミーティング等に参加してくれました。まだちゃんとしたオフィスもなかったので、会議はこうしていつもカフェか、カフェ代も勿体ないということで、駅中の待合室であったり、支援者の会社の空き会議室を使用していたりしました。

ゆるまなさ過ぎて、試験装置を破壊

道脇:2010年8月、僕のポケットマネーで上石神井のアパートの一室を借り、2号ラボとしました(1号目は自宅です)。ここを選んだのは地下室があったからです。振動試験ではどうしても騒音が発生してしまうので、地下室が必要でした。

 ネジの緩み性能を試験している際に、面白いことがありました。米国航空宇宙規格(NAS)に則った振動試験機で17分間緩まずに耐えることができたら合格とされているものなのですが、17分たっても全く緩まなかったので、とりあえず当分放っておくことにしたんです。3時間ほど経った頃でしょうか。地下の試験室から漏れ聞こえる音が「ダダダダダッ」から「ガチャガチャ」という音に変わったんです。ついに緩んだかと思い試験室に飛び込んだところ、床にはネジが何本も散乱していました。なぜネジが増えているのかと思いよくよく見ると、そのネジは試験装置側のネジでした。つまり、試験装置の方が先に壊れてしまったんです。緩まないネジの実力を実感した瞬間でもありました。

上石神井のオフィスは会議用の机すらなかった。写真奥左が道脇氏。奥中央が大村氏、奥右が岩越氏。

資金難が続くなか、賞金稼ぎのためにたくさんの賞レースに応募。「ネジで大賞が取れるはずもない」と周囲に言われながらも、片っ端から賞を総なめにしていった。

道脇:緩まないネジの技術に自信はありましたが、世に広く普及させるには「お金」と「権威」がどうしても必要です。開発費はほぼポケットマネーでカバーしていましたが、自腹を切り続けるにも限界があります。そこで、賞金稼ぎのため、戦略的にたくさんの賞レースに応募することにしました。2011年は、2月に新技術開発財団の助成に採択され、8月に川崎起業家オーディションの大賞を受賞、10月には東京都ベンチャー技術大賞も受賞しました。同年11月には「GOOD DESIGN賞」の金賞を受賞したのですが、「ねじ」が受賞するのは1957年の賞創設から初めてだそうです。

2011年10月に東京都ベンチャー技術大賞を受賞。受賞スピーチでは「わかるまで考える。出来るまでやる」と目標達成の秘訣を述べたと言う。
2011年11月に「GOOD DESIGN賞」を受賞した。