頭の中のアイデアを「見える化」

 そんな僕を、「道脇の孤島」から世の中に引っ張り出そうと尽くしてくれる一人の人物が現れました。当時ソフトブレーンの顧問をされていた故岩渕正詔さん、通称、岩さんです。「道脇さんのアイデアを、頭の中だけに留めておくのは勿体無い」とずっと言い続け、何年もかけて僕を世の中に出そうと尽力してくれました。

道脇氏の良き理解者であり、世の中に引きずり出してくれた張本人でもある岩さんこと、岩渕正詔氏。
道脇氏の良き理解者であり、世の中に引きずり出してくれた張本人でもある岩さんこと、岩渕正詔氏。

 岩さんから、「まずは道脇さんの頭の中にある発明やアイデアをいくつかでも“見える化”して欲しい」と言われました。そして、その中から世の中の役に立つものを見つけ、事業化のために動き出そうということです。

 僕は日々たくさんのアイデアが浮かんできますが、思考する速度とメモを取る速度が合わないこと、メモには相当な物理的時間が取られることから、紙に書き出すことはそれほど多くありません。まして人に話したり見せたりするようなことはしないのですが、岩さんにそう言われて僕は頭の中の発明のストックの中から分かりやすそうなモノをつらつらと書き出しました。

 全部で200くらいあったと思います。大規模な淡水化システムとか、高効率なソーラー発電の仕組み、ウエアラブルメガネ、多次元コードなど本当に様々です。そのうちの一つが、ネジだったんです。ルパンみたいな大事故で生まれた、緩むことのないネジです。

200案の中からネジを選択

 発明アイデアを見える化する作業の場には、岩さんの他に、岩さんの紹介で新藤晴久氏(新藤先生)もいました。新藤先生は金儲けの神様と呼ばれた故邱永漢氏の知恵袋とされている方でした。岩さん、新藤先生らで、僕の書き出した200案件の発明を一つ一つ検討しました。その中で選ばれたのがネジでした。緩まないネジは世の中への波及効果が高い上に、比較的少額投資でスタートできると皆で判断したためです。ネジは、あらゆるハードの根底要素であり、世界中のあらゆる産業に通じる道でもあります。自分でも、このネジにすることが良いと考えていました。

 僕は、子どもの頃からプログラミングをしていたこともあり、ソフトウエアやシステムに強い関心を持っていました。1995年頃には、ウィンドウズ95の発売もあってIT産業隆盛の真っ直中でしたが、「ソフトにハードは宿らないけれど、ハードにはソフトが宿り得る、しかしそのハードもシステム無くしては活きない」との考えがありました。また、人間はモノから離れて生きることが出来ないうえ、日本はモノづくりを継承しないと断絶してしまう時期に来ているとの危機感も持っていました。ですので、将来自分が事業を立ち上げる場合には、先ずハードから入ると決めていたのです。そして、先達の方々を多く迎え入れ、技術や技能、知見や経験を伝授してもらおうと考えていました。

 こういう理由で、ハードウエアたるネジにフォーカスすることを決めました。ただひとつ問題は、岩さんや新藤先生などの支援者に対してさえ緩まないネジの構造を説明するのは難しく、言葉でも紙に書いても理解に苦しむモノでした。事業化に向け動き出す前に、僕は粘土で緩まないネジの原型を作り皆に見せました。ご察しの通り、手作り紙粘土の作品がきちんと機能するはずもなく、ますます理解が遠のいてしまったのですが、「道脇さんが言うなら間違いないでしょう」ということで、進めることになりました。

 こうして、2009年に緩まないネジ「L/Rネジ」を手がける小さな会社、ネジロウが立ち上がりました。

実際に紙粘土で作った「緩まないネジ」の原型。しかし、その構造については理解してもらえなかったという。
実際に紙粘土で作った「緩まないネジ」の原型。しかし、その構造については理解してもらえなかったという。
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