サントリー創業者を題材にした小説『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』の作者・伊集院静氏と、創業者のひ孫に当たる鳥井信宏・サントリーホールディングス副社長による対談。第2回は、創業家に引き継がれる「運と縁」、そして「陰徳」の精神について語る。

■第1回 「お前のひいじいちゃん、そんなんやったんか

鳥井副社長は、家族の中で具体的に創業者である鳥井信治郎のエピソードなどを伝え聞いたような記憶はありますか。サントリーのルーツを知る上で、創業者のエピソードは欠かせないものだと思います。

鳥井信宏・サントリーホールディングス(HD)副社長(以下、鳥井):伝え聞いたようなことは、ほとんどありません。そんなことを言ったら面白くも何ともないでしょうけど。ただ1つ、今でも信治郎さんと(妻の)クニさんの年忌法要を比叡山でやっていただいているのですが、子供のころは何となく今年もやるからまあ、行こうかと思っていた程度でしたが、今となると、信治郎さんは本当に信心深くて、そこでしっかり事業の、家族の基礎を作られていたんだなというのを実感します。

 私なりになぜ、信治郎さんが信心深かったかを考えると、結局、最後は神頼みということなんだろうと思います。もうやることをやったら、あとはもうなるようにしかならない。そうなるように、普段からちゃんとお参りしておきましょうと。

 何というのでしょうか。当然、日々努力を惜しまないというしつこさは重要なんですが、最後はもう運やと。私は今、社員に「運と縁や」と言っているんです。運と縁がうまいこといくように、普段から陰で努力をしなさいと。

<b>鳥井信宏・サントリーホールディングス代表取締役副社長</b><br />1966年3月生まれ。91年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、97年サントリー入社。2005年同社営業統括本部部長、2007年同社取締役、09年サントリーホールディングス(HD)執行役員、11年サントリー食品インターナショナル代表取締役社長、13年サントリーHD取締役、16年から現職(写真:的野弘路)
鳥井信宏・サントリーホールディングス代表取締役副社長
1966年3月生まれ。91年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、97年サントリー入社。2005年同社営業統括本部部長、2007年同社取締役、09年サントリーホールディングス(HD)執行役員、11年サントリー食品インターナショナル代表取締役社長、13年サントリーHD取締役、16年から現職(写真:的野弘路)

伊集院静(以下、伊集院):そうですな。

鳥井:そうせなあかんと。そこの感覚は、信治郎さんはすごく持っていた。

伊集院:それは非常にいいところを見ておられますな。信治郎も失敗する要素はたくさんあったんですけれども、神様でも鬼でも逃げていきよるぜという、そういう開き直りというんですか。それは、非常に神経が太いという表現ではなくて、覚悟ができていたというところはいいですね。

鳥井:我が社は、ものすごく運の強い会社なんだと思うことがあります。ウイスキーが伸びていて、ウイスキーで儲かっていた時代にビール業界に参入し、ビールを一生懸命やって「琥珀の夢」を追い続ける会社になって……。ウイスキーが伸び悩んだころには、飲料のビジネスが伸長してきたり、飲料でしっかりとした基盤ができたころに、ザ・プレミアム・モルツも含めてビールがグッと良くなってきたり。

伊集院:何かこう、数珠つながりに神様が助けてくれているというか、助けてくれるというより、やっぱり運気が出るんでしょうな。

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