サントリー創業者・鳥井信治郎氏を題材にした小説『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』の作者・伊集院静氏と、創業者のひ孫に当たる鳥井信宏・サントリーホールディングス副社長による対談。サントリーの将来を担う鳥井副社長は、創業者の夢をどのように未来に継承するのか。伊集院氏は小説を通じて、今日の日本の発展を築いた日本人の資質について、どうのように描こうとしたのか。3回にわたって語り合う。
鳥井副社長と伊集院さんが会うのは、今日が初めてということですが、まずは、鳥井副社長に、今回、伊集院さんの小説『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』を読んだ感想からお聞きしたいと思います。鳥井副社長にとって、サントリー創業者の鳥井信治郎氏は曽祖父に当たります。今回、ご自身のルーツとも言える創業者のストーリーをどんな思いで読みましたか。

1966年3月生まれ。91年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、97年サントリー入社。2005年同社営業統括本部部長、2007年同社取締役、09年サントリーホールディングス(HD)執行役員、11年サントリー食品インターナショナル代表取締役社長、13年サントリーHD取締役、16年から現職(写真:的野弘路)
鳥井信宏・サントリーホールディングス(HD)副社長(以下、鳥井):連載中に、友人や知人からメールやLINEでいろんな意見が届いたんですよ。ずっと会っていない高校の同級生からもありました。
伊集院静(以下:伊集院):そうですか。
鳥井:ええ。例えば、小説の前半に登場していた、小さなお茶屋の女将、しのさんと鳥井信治郎の関係が印象深かったらしく、「お前のひいじいちゃん、若い頃、そんなんやったんか」なんてね(笑)。
鳥井信治郎が大阪の花街で、初めて女遊びをするエピソードですね。
伊集院:小説家は、見てきたように書きますからね。
鳥井:あくまで史実に基づいた小説だといっても、フィクションもあるわけですから。
伊集院:あなたのところのひい祖父さんは、こんな人だったのかと言われたんですね。それは迷惑掛けましたな。
鳥井:いえ、むしろ感謝しているんですよ。ちょっと疎遠だった友人などとも、連絡を取り合うきっかけになりましたから。

1950年生まれ。CMディレクターなどを経て1981年『皐月』で作家デビュー。91年『乳房』で吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で直木賞、94年『機関車先生』で柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で吉川英治文学賞受賞(写真:的野弘路)
伊集院:ああ、よろしかったね。
私も今日はフランクに話をさせていただきますが、副社長のひいおじいさんは早くに奥様が亡くなられたので、独身の時間が長いんですよ。それで、非常に精力的に仕事をする人だったから、女性が放っておくわけがない。ところが大阪へ取材に行って、当時一番若い社員で生きておられた方とか、丁稚に最後のころに入られた方とかに話をお伺いしたんですが、女性については皆、口が堅い。
小説には色気が必要ですから、誰か女の人のところへお手当を届けに行ったりした人はいないのかと私が尋ねたら、お手当かどうか分かりませんけれども、届けたことは記憶にございますとか、そういうことをいう人はいたらしいんです。ところが、それはどこですかと聞くと、忘れましたと。忘れるわけがないでしょうと言ってもね、いや、覚えていませんと。どんな人が出てきたんですかと訪ねても、それももうよく覚えてないですとおっしゃるんです。
そのうち信吾さん(鳥井信吾・サントリーHD副会長)が、「先生、もうこの取材はそのくらいにしてもらえませんか」と言うんだ(笑)。でもね、副社長も写真をご覧になった事はあると思いますが、信治郎は歌舞伎役者のような非常にいい顔をなさっていた。だからまあ、そういうことがないとは、男としてあり得ないなと思いましてね。
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