全3616文字

セゾンは誇り高い企業だった

体感的には、西武美術館はどれくらい時代の先を行っていたのでしょうか。

原田:どれくらい早かったかはちょっと分からないけれど、何かいつも新しいものをやっているという感覚でした。

 堤さんはもちろん、セゾン文化を担っていた方々は、非常に誇り高かったんです。セゾングループも、美術館も。もとは宣伝のためのデパート美術館だった。それなのに、誇り高くヨーゼフ・ボイスを見せていました。きっと当時だって、「何かわけの分からないものを見せている」といった批判はたくさんあったと思います。

 だけど、「そんなことはない。このアートを今、日本で見せなきゃダメなんだ」という、ものすごい感性と自信を持っていたのでしょうね。

 彼らはアーティストたちがいかに誇り高い存在かをよく分かっていて、だからこそ100%、いえ120%、よく見せることを実践していた。ものすごくプライドを持って仕掛けているのが、見ている私にも伝わってきました。

 そういう空間に身を置いていることに、美術館のお客だった私も誇りを持てる。「私はセゾンで今、ボイスを見ているんだ、そんな自分を私は誇りに思う」と思えるような。

 何の根拠もありませんが、そこに自分を位置付けることが、自分にとっての一つのプライドである、という感覚になることができたんです。

 今年は平成最後の年ということもあって今、日本のアート界では1980年代が改めて再評価されていて、各地で展覧会が開かれています。

 そうして見直してみると、ものすごいアーティストがたくさん出てきているけれど、かつては現代アートに市民権はなかったし、普通の人が見たら「なんか変なことをやっている」と思われるようなものも多かったんです。

 それでもやはり、アーティストは誇りを忘れちゃいけないんです。例えばゴッホはどれほど誇り高いアーティストだったか。「汚い絵を描く」とか「狂った画家だ」と言われても、彼は死ぬまで誇りを忘れませんでした(詳細は原田氏の著作『たゆたえども沈まず』)。

 それを堤さんは分かっていたのでしょうね。アーティストやクリエーターが、どれほど誇り高い存在かということを。

(後編に続く)