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 無印良品、ファミリーマート、パルコ、西武百貨店、西友、ロフト、そして外食チェーンの吉野家--。堤清二氏が一代でつくり上げた「セゾングループ」という企業集団を構成していたこれらの企業は、今なお色あせることはない。

 日本人の生活意識や買い物スタイルが大きな転換期を迎える今、改めて堤氏とセゾングループがかつて目指していた地平や、彼らが放っていた独特のエネルギーを知ることは、未来の日本と生活のあり方を考える上で、大きなヒントとなるはずだ。そんな思いを込めて2018年9月に発売されたのが『セゾン 堤清二が見た未来』だ。

 本連載では、堤氏と彼の生み出したセゾングループが、日本の小売業、サービス業、情報産業、さらには幅広い文化活動に与えた影響について、それぞれの業界に関わる人々に語ってもらう。

 連載15回目に登場するのは、作家の原田マハ氏。セゾングループ傘下の西武美術館(のちのセゾン現代美術館)は、いち早く現代アートの展覧会を開催。日本に現代アートが根づく素地をつくった。そして現在、アートの世界で活躍する人にも大きな影響を与えている。かつてMoMA(ニューヨーク近代美術館)に勤務し、現在はアートに関連する著作を数多く世に送り出す作家・原田マハ氏もその一人だ。セゾングループの取り組みが原田氏に与えた影響や、堤清二氏が日本に遺したものについて話を聞いた。(今回はその中編)。

作家の原田マハ氏(撮影/竹井俊晴、ほかも同じ)

インタビューの前編「堤清二は現代アートで日本人を啓蒙した」では、かつて西武百貨店池袋店の最上階にあった西武美術館や軽井沢にあるセゾン現代美術館の果たした役割についてうかがいました。堤さんは現代アート界においてはある種のパトロンだったのかと思いますが、堤さん同様、海外でもアーティストの成功をパトロンが支えてきました。

原田氏(以下、原田):パトロンの歴史というのは、日本と海外では多少異なっています。コレクターと聞いて皆さんがピンと来る人たちは、近代、現代の人たちでしょう。

 一方、19世紀のヨーロッパに目を向けると、文化芸術が、王侯貴族や非常に高い階級の人たちだけのものではなくなりました。革命が起こった後に市民が台頭し、その中でお金持ちも出てきました。そしてアートも、市民が楽しむものとして受容されてきたわけです。

 そんな流れの中で、芸術家は自分たちの思いのままに自由に表現するようになりました。モネやゴッホが出てきて、20世紀になるとピカソが出てきて、戦後には現代アートの作家たちが出てきて……と、すごくざっくり言うと、そういう流れなんです。

 その中で、パトロンは常にお金の「出口」を求めていて、不動産やクルマなど、いろいろなものに消費してきました。その選択肢の中に「芸術」というものを見いだす人もいました。そんなパトロンたちが現代アートという、評価が定まらないものを支えてきた、という歴史があったんです。

 パトロンたちは、評価の定まったものを手に入れることに喜びを覚えていました。けれど一方で、評価が定まっていない現代的な芸術家の作品を所有し、人が見た時に、「これはなに? わけが分からない」と言えば言うほど喜ぶといった面もありました。

 それは一種の“ノーブレス・オブリージュ”、要するに高貴な人が誰も見向きもしない芸術家に手を差し伸べるといった、チャリティーの精神が、欧米のパトロンにはあったからかもしれません。

 加えて社会的に成功している人にはユニークな人が多いから、自分の持つユニークネスと、アーティストが持つユニークネスを重ねて、面白いと感じることが多いのかもしれません。自分があるアーティストを面白いと感じたら、世の中でどんなふうに受け止められようが、自分にとって面白ければそれでいいと思ってサポートをする人も、結構いたんです。こうした生まれながらの目利きの人もいます。

 ただ人からいろいろとアドバイスをもらううちに自然と目利きになって、たくさんの作品を買っていくうちに自分の好みも分かってくるという場合もあります。

 このアーティストのこの作品、この年代のものがいい、とか詳しいことがだんだんと分かってくるなど、後天的に見る目が育つパトロンも、結構いると思うんです。自分で身銭を切って買うということは、それだけ慎重にもなります。美術館で作品を見ているだけではない、真剣勝負のようなところがあるんですね。