「早すぎた」セゾングループ

たか雄さんにとって、セゾングループの中で一番印象に残っている事業は何ですか。

:六本木のWAVEですね。当時、1階に母が経営していたカフェバーが入っていました。

 4階に音楽の収録スタジオがあって、収録が終わった音楽家の方が、よく寄ってくれていました。布袋寅泰さんとか坂本龍一さんとか。WAVEは一番、私が通った場所なので、あの場所を再開発で閉じる時には、少し寂しかったですね。

 1階の喫茶店は、父が母に「やったら」と言ったのだけれど、父を神格化したい人たちの間では、「奥さんがわがままを言って始めた」と言われていました。真実とは違った伝わり方をしていくんです。父の理想と反する方向に、どんどん向かっていきました。

 (WAVEの地下にあった映画館の)シネ・ヴィヴァン・六本木も印象深いですね。経営的には非常に難しかったようですが。

 私が好きなベトナム映画『青いパパイヤの香り』も印象に残っています。映像が本当にきれいで。この作品は、渋谷のほかの映画館で再演した時にブレークしました。

 けれど、最初に展開したのはシネ・ヴィヴァンなんです。ほかにもインド映画とか、マニアックな映画を上映していてとても楽しかった。ただやっぱりマニアックすぎたのでしょうね。早すぎた、とも言えます。

パルコは1990年代、渋谷に「シネクイント」をつくり、ミニシアターの人気を広げました。

:(シネクイントはオープン時に)私の好きなヴィンセント・ギャロが主演した『バッファロー'66』を上映して、文化や時代をつくって、牽引していった。そうした姿勢は今でも土台になって、受け継がれているなと感じています。

 セゾングループの中でずっと頑張ってきた年配の方には、寂しがっている人もいます。「いろいろと変わってきちゃった」と。西武百貨店は買収されてセブン&アイ・ホールディングスの傘下に入りましたし。

 けれど、恐らく今でも根底の哲学は受け継がれている。私はそれを素晴らしいと感じています。父は、自分が後世に名を残したいとか、そういうことを考える人ではありませんでした。年配の元OBの中には、極端に言うと、「銅像があれば拝みたい」という人もいます。けれど、それは絶対に父が嫌がるはずです。そういうことは恥ずかしいと思っていた人でしたから。

根底の哲学が受け継がれているというのは、どういった場面で感じますか。

:無印良品を運営する良品計画は、堤清二の思いが残っているというのを、本社に行くたびに感じます。父の思いや香りがするんです。

 良品計画の本社は、木目調でフラットなオープンオフィスです。父が残したセゾンの悪い部分は捨て去り、良い部分を踏襲できたから、今の無印良品があるのだと思います。

 セゾングループにはマニュアルが一切ありませんでした。それにはいい部分もあるけれど、悪いところでもありました。けれど、良品計画では(2001年から2008年まで社長を務めた)松井忠三さんが、どこの店舗でも共通するマニュアルを、3年かけてきちんと作られたそうです。

 マニュアルのない文化は格好いいけれど、それによって消えてしまうものもたくさんあります。父の考え方を踏襲して、後世に続くかたちにしてくれた。だからこそ、無印良品には堤清二の香りが残っているのだと思います。