文壇では、堤ブランドで得していた

:自伝的な小説でとても素晴らしいものがいくつもあったと思います。

 ただ文壇的には堤清二であるということで得もしているな、とは正直思いました。だって普通なら、あんなに次々と賞を取ることはできませんから。やっぱり堤ブランドはあった。それは堤さん自身も分かっていました。

 (1994年に『虹の岬』で辻井喬として)谷崎潤一郎賞を取った時にお祝いをしたんです、4人ぐらいで。その時「谷崎賞、すごいですね」と申し上げたら、すごく喜んでいました。

堤さんがもし現在も生きていれば、自分が理想としていた世界が、ある程度は実現したと思うでしょうか。

:全くそんなことは思わないでしょうね。

 電車の中ではみんながスマホの画面を見ていて、本なんか読んでいる人はいません。センスについては良くなったかもしれません。けれど、「知」というものの重さ、「知」への好奇心はもうひどいものだと思います。

 毎日、スマホに2時間も3時間も取られて、バカになるのは当たり前じゃないですか。

 ITは、私たちにすごく多くのものを与えてくれました。けれど私は、失ったものの方が大きいような気がします。今はお金も時間も、ITに侵略されすぎています。

 みんなが上納金のように、IT企業の経営者たちにお金を支払い続けている。なぜそういうことに疑問を抱かないのかな、と私は思います。

本来ならば今、お金が集まっているIT業界が文化を生み、育てる必要があるのにそれができていない、と。

:IT業界の経営者の皆さんは、自分たちだけがお金を使うばかりで、それは何かちょっと違うような気がします。社会還元を考えてないような気がするのです。多額の寄付はしているようですが、やっぱり何か違うんですよね。

 堤さんは、「ノーブレスオブリージュ」というのかな、そういう人にはそういう人の義務があるということをよく分かっていました。そして、義務を果たす姿勢が非常にしゃれていたのだと思います。

 そもそも社会貢献は、「寄付しているぞ!」という感じで果たすものではありませんよね。もちろん当時とは時代も違う、ということだとも思いますが。

 堤さんは消費者や社会を豊かにする、社会を導くということを考えていました。そういう意味でも、すごい経営者だったのだと思います。

 今ではTSUTAYAが新しい生活習慣などを提案しようとしています。ただ、提案することはできても、堤さんやセゾングループのように導くことはできていないと思います。堤さんは、本当に導いていましたから。そして、消費者もそれに一生懸命ついて行っていました。

 当時の消費者は、(西武百貨店のコピーである)「おいしい生活。」といったメッセージに対して、何かを感じることができたのでしょうね。お金を出せば、単にモノが手に入るのではなくて、何か違うものを買うことができる。それを教えてくれたのが、セゾングループでした。それは、センスやストーリーというものだったのだと思います。