階層格差が縮小した時代は10年も続かなかった

上野:「自分らしさ」にフォーカスが当たっていた時期は、100円のものも10万円のものも、その人の選んだものなら価値は変わらない、という言い方がありました。それなのに、1980年代後半のバブル期に入ると、ものすごく分かりやすい富の序列ができました。高いものほど価値がある、という考え方になった。

 思えばみんなが中流で、競い合わなくても同じだと思っていた時代が、日本の近代史上一瞬、成立して、横並びになったのでしょうね。1970年代から1980年代にかけてのことです。
 しかし1980年代の後半から、経済の階層化が進みます。

 職業の世襲率が高くなり、階層の移動率が低くなり、階層間の格差が拡大していった。資産バブルが所得の上昇を追い越していったからです。あとになってトマ・ピケティが『21世紀の資本』で論じた通りのことが起きていましたね。

1990年代のバブル崩壊後、多額負債が足かせになって、セゾングループの経営は悪化しました。ただ仮にそれがなくても、1970~1980年代にかけて西武百貨店が成功させた、マーケティングで大衆を動員するような手法が、通用しなくなったという根本的な問題があったのでしょうね。つまり階級分化が進むようになると、大衆を相手にする西武百貨店のビジネスモデルは厳しくなったのではないでしょうか。

上野:三越の前身、越後屋は創業した1600年代後半から一物一価、正札販売という世界でも画期的な手法を導入しました。掛け売りで顧客によって値段を変えるという、それまでの商法を変革したのです。

 もともと、百貨店というのは階級社会の産物ではありません。人を一切えこひいきしないということでスタートした業態です。外商という富裕層向けのビジネスはあったにせよ、店舗そのものは「大衆社会の神殿」として存在してきました。

 私が百貨店を「大衆社会の神殿」と位置付けたのは、一物一価で値引きもしないし、顧客によって特別扱いもしないという建前があるからです。そして、そうした建前が本当に通用するのは大衆社会だけです。
 しかし日本に大衆社会が成立したのは、階層間格差が縮小したと思われた時代で、それは本当にわずかの期間でした。10年も続かなかったでしょう。

1980年代の後半になると、西武百貨店などで、コピーライターの糸井重里さんが手掛ける広告も、少しずつ当たらなくなっていきました。

上野:その頃から親の社会階層が子供にも引き継がれる傾向が強まっていきました。今は職業の世襲率が高いでしょう。政治家などは世襲が大変多い。親が高い経済階層にいないと、子供も高い経済階層に到達できない。そうした動きが出てきたのが1980年代です。