強い女が支えたパルコ

パルコが女性の変化の波頭をとらえてメッセージを打ち出し、さらに女性が強くなっていくという流れがあったのでしょうね。

上野:女性の晩婚化が進んで勤続年数が延びていった。それまでせいぜい会社で働きだしても3年くらいで寿退社をしていたけれど、それが5年などに延びていった。そうすると、自分の収入を持って可処分所得の高い女性のマーケットが広がることになる。
 その女性たちは、次第に結婚しても自分のライフスタイルを変えなくなっていきました。

 1980年代に取材した時に驚いたのは、パルコにベビーカーを押しながら来ていた女性がいたことです。結婚しても出産しても、自分のライフスタイルもファッションも変えたくないという女たちが増えていった時代です。驚きましたよ、「おお、ベビーカーで来るのか」と。

 パルコは渋谷というロケーションも良かったのでしょうね。池袋にもパルコをつくったけど、やっぱり渋谷パルコの発信力が強かった。あそこが「強い女性」を引き付けるイメージの牽引力になっていました。

セゾン文化では、「おいしい生活。」(1982年)など、コピーライターの糸井重里さんが手掛けた西武百貨店の広告が有名です。上野さんは、糸井さんの西武百貨店の広告では「じぶん、新発見。」(1980年)が画期的であり、それ以降は、そこからのバリエーションだという見方をしていますね。

上野:1970年代までの「啓蒙の時代」が終わって、新しい時代が来るということを、糸井さんは先取りしていたのだと思います。
 啓蒙の時代というのは、モデルがあって引っ張っていくという時代です。それが、「爛熟大衆消費社会」といわれるようになった1970年代の終わり頃、つまり西武百貨店の池袋が大型リニューアルを重ねていく頃から、マーケットが読めなくなった、とマーケッターたちが言いだしました。

 一つのモデルを出したら、それにわっと流れるマーケティングが通用しなくなった。横並びのブランドがたくさん出てきて、価値の序列がなくなった。この一番のイデオローグは(作家の)田中康夫さんです。

 1980年代に入ってニューアカブームが起こって、アカデミズムの世界にいた学者の中沢(新一)くんと浅田(彰)くんが、広く知られるスターのような存在になりました。価値がフラットになったということに、裏付けとなるイデオローグがついたんです。思想の価値もファッションと横並びになった。

 糸井さんはそういう時代を先取りしていました。「自分らしさ」って、ほとんど何も意味しない記号なのに、「自分らしい生き方」が時代のキーワードになった。それはもしかしたら、糸井さんの功績かもしれないですね。

でも、その「フラットな価値」が重宝された時期は長くは続きませんでしたね。