「新しい家族」が顧客に

老舗百貨店と西武百貨店とでは、客層が全く違うのですね。

上野:日本は1960年代の初めまで、農業人口が3割、農家世帯率が全体の5割に達する農業社会だったんですね。しかし高度経済成長に伴い、農家の子供たちが農村から都会に出てきてサラリーマンが増え、農家世帯率が急速に低下していきます。

 だからサラリーマンの実家の多くは農家なんです。私たち団塊世代は都市移民1世です。郊外に新しく生まれた家族たちには、生活のモデルがなかったんです。1世たちは、「核家族」をつくって、親の知らない生活を始めたわけです。その時にモデルになったのが、1960年代のメディアが流したアメリカンライフスタイルでした。

 団塊の世代は人口のボリュームゾーンです。雪崩を打って結婚して子供を産んで、同じようなライフスタイルの核家族をつくって、という人たちが私鉄沿線にたくさんいました。

そうやって新しく生まれた家族が、西武百貨店の顧客になったんですね。

上野:マーケティングでライフスタイルを提案する時、どうしていいか、実は小売業の現場の人もよく分からなかったんですね。そんな生活を日本で経験したことがありませんでしたから。それ以前、日本人はどんな暮らしをしていたかというと、1人ずつの箱膳で食事をするか、ちゃぶ台に小鉢物を出していました。

 西武百貨店の食器売り場の担当者によると、1970年代、小鉢ではなく大皿が売れるようになったそうです。つまり、家族みんなが同じものを取り分けて食べるようになった。つまり父の権威が失墜したのです。

 みんなが取り分けて食べるようになって、「家長だけが尾頭付きで、あとの家族は残り物」という価値観ではなくなりました。それで、大皿が売れるということを、現場の人が発見しました。「売れ行きが違うんだ」と。それで品ぞろえを替えていく。売り場で新しい動きが出ているのを、現場で働く人たちが、とても面白がっていました。

西武百貨店の池袋本店では1975年に実施した大幅な増床・改装が大きな転換点になりました。この時期に打ち出した広告のコピーが「手を伸ばすと、そこに新しい僕たちがいた。」です。まだ見ぬライフスタイルを提案しようとする意志を感じさせます。

上野:セゾンの広告は非日常を打ち出しました。外国人のモデルを使ったのもその一例です。百貨店が現実の一歩先を行っていた時代です。

 歴史的に見ると、そうした啓蒙は西武が始めたわけではありません。百貨店はずっと西洋文化のショーウインドーでした。大正生まれの私の父は「上等舶来、上等舶来」と口癖みたいに言っていたので、私は「じゃあ、日本の製品は下等なのか」と思っていました(笑)。「舶来のものは上等だ」と思っている世代が、私たちの1つ上の世代です。

 上等舶来のものは百貨店に行くとある。しかも百貨店はハレの場だから、ハレ着を着て、百貨店の食堂で家族でご飯を食べて帰る。家では食べられないオムライスがある(笑)。それが非日常だったのです。そういう西洋文化のショーウインドーとなる啓蒙的な役割を、明治以来、百貨店はずっと担ってきました。

西武百貨店のイメージ戦略も、その延長線上ではあるわけですね。

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