実は穴だらけの西武百貨店

『セゾンの発想』で上野さんが執筆された章の最後にある言葉が印象的でした。「セゾンについては、シニフィエ(意味内容)よりもシニファイン(記号)の方が過剰である」とあります。そして「セゾンという一企業集団について語ることは限りなく資本主義について語ることに似ている」と、結論付けています。

上野:平たい言い方をすれば、セゾングループは実体よりもイメージの方が過剰だ、という意味ですね。

 セゾンだけ見ていては分からないと思って、比較のために百貨店の松屋も高島屋も取材したのです。そうしたら、老舗百貨店はやっぱりすごいです。人材もマーチャンダイズ、つまり品揃えも強い。マーケティングはイメージ戦略ですけど、マーチャンダイズはモノ、商品の品ぞろえや在庫管理のことです。この面で、やっぱり老舗百貨店のノウハウと蓄積は、優れています。

 一方で、西武百貨店の池袋本店では欠品がいっぱいあったんです。欠品させないのはマーチャンダイズの基本の「き」でしょう。そういうところが穴だらけで、イメージの方がずっと先行していたわけです。そういうことはちょっと裏を見たらすぐ分かるので、やっぱり老舗はすごいとかえって思いましたね。

堤さんは1960年代ぐらいから、まずはイメージや広告を先行させればいいんだというようなことを社内で言っていたようですね。

上野:堤さんは文化に造詣の深い方ですから。文化というのは実体ではなくて、イメージの集合ですからね。

 例えば彼は現代アートをコレクションしていたけれど、現代アートは、見方によっては、ただのガラクタです(笑)。「これがアートだ」と言った方が勝ち、といった側面もありますよね。

 私はセゾングループの社史をつくるために、労働組合にも取材に行きました。一応、裏をちゃんと取るために。

 それで分かったのは、やっぱりセゾンは、本来のキャパシティ(容量=能力)よりもゴムをぐんと伸ばした感じの、急激な成長を遂げていたことで、人材と組織の成長が追いついていないことでした。

 地方出店は本当に矢継ぎ早だったでしょう。そうすると、現場の社員にやる気はあるが、経験が不足しています。取材したある店長が、すごく面白いことをおっしゃっていました。「よその会社に行ったら決して降ってこないような、分不相応な役を与えられて成長できた」と。

 はっきり言って人材不足だったんです。ただ、その時に役を得られた人の中には、そこで伸び育った方たちがたくさんいらっしゃる。

商品力や販売力があった老舗百貨店ですが、逆にセゾンのような斬新なマーケティングやイメージ戦略がなかったのですね。

上野:百貨店が昔からやってきたように、自社の宣伝部で新聞広告を出すというレベルにとどまっていたのではないでしょうか。ほかに力を入れたのは、販売促進のセールや百貨店催事くらいでしょう。

 セゾンはそこから踏み出して、社外スタッフの才能をどんどん取り込んだというのも画期的でした。

 一流の才能を使いましたからね。宣伝であれば、広告業界のクリエーターを起用しましたし。彼らが広くアーティストと呼ばれるようになったのは、パルコの広告が脚光を浴びた1970年代以降のことではないでしょうか。コピーライターも1行いくらみたいな仕事になっていきました。西武百貨店の広告を担った糸井重里さんのようなスターが生まれたので、コピーライター養成学校が出来て、若い人材が集まりました。

 老舗百貨店は、昔の盛り場、つまり銀座などの都心部にありました。一方で、西武百貨店は沿線の顧客を対象にした私鉄系のターミナルデパートです。東武百貨店と西武百貨店は、そういう意味ではすごく似通っています。

 戦後に生まれた我々、団塊世代が向都離村で首都圏に来て、千葉、茨城、埼玉などに定着していきました。大卒の男性たちが都会に就職しても、23区内は高くて住めないから、私鉄沿線に定住するというような流れがありました。

 だから私鉄の沿線では、大規模な住宅開発が進み、地価が上がる一方、ターミナル駅のデパートで住民が買い物をするという。住宅と百貨店がパッケージになっているわけです。老舗百貨店だと昔から、お金持ちの奥様とお嬢様が一緒に買い物に来るイメージですが、私鉄系デパートには初めて核家族が大量に来たんですよ。

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