出世の因縁が生んだ無印良品の思想

三浦さんは、堤さんの生み出したものの中では、無印良品を最も評価していますね。
三浦:際立っていますね。やはり彼の思想を最も表すのは無印良品です。僕はそう思っていると堤さんに言ったら、堤さんも非常に満足げでした。
堤さんは、やはり複雑な家庭事情があったからでしょうか。誰それの子供であるとか、嫡男であるかないかとか、要するに「正統」と「異端」などではなく、1人の個人として見てほしいという気持ちをずっと持っていたのだと思います。
だから「マーク」や「ブランド」「刻印」をなくそうとされた。きっと堤さんが嫡男だったら、あんなふうには思わなかったのでしょうね。
あと堤清二さんは、お母さんの感性が優れていたのでしょうね。堤さんの妹・邦子さんも、小説家としてフランスで高く評価されていたようですし、文学的な才能をお母さんから受け継いだのだと思います。
確か、お母さまも歌を詠んでいたと聞いています。そういう感性も影響しているのでしょうね。
堤さんの先見性にはそうした生い立ちなどが影響していると見ているわけですね。
三浦:僕は、この人は30年先まで分かっていたのかと思う人がもう1人いて、それは社会学者の見田宗介さんです。
NHK放送文化研究所で5年に一度、日本人の意識調査をしています。1973年から45年間。
見田さんが助手か助教授ぐらいの時に、質問票を設計したんです。これを1問も変えずに今まで使っています。そしてまさに、第四の消費社会に入った2003年のデータを見ると、それまでとは違う傾向が出てきました。
1問も変えずに調べ続けて、30年経って、一世代交代した時にはっきりと世の中が大きく変化しているということが読み取れる。これは驚愕です。
僕も何百回とアンケートをつくってきましたが、僕のような凡人が作成すると、同じ質問をしても、去年と今年で、「なぜこんなに違うの」というくらいずれてしまいます。だから長期的なトレンドがつかめない。
けれど、見田さんが1973年に設計した質問は、「30年経てば、こういう回答が減って、こういう回答が増えるだろう」と予測したとしか思えないんです。人間の価値と欲求の本質に関する壮大な理論が基礎にあって、質問をつくっている。
ああいう理論は、社会学をやったことのある人間であれば、みんな憧れるはずです。
その先見性は堤清二さんに通じるところがありますね。
三浦:そうですね。ただし、見田さんは社会学で欲求を理論化しました。堤さんにそういう理論があったかどうか分かりません。もっとモヤモヤした、感覚的、文学的なものなのだろうけれど、やはりあったのでしょうね。そうでないと、30年先はなかなか予測できませんよ。
(後編に続く)
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