堤清二はサルトルに似ている

OBやOGの皆さんは、当時の堤さんやセゾングループについて多彩な言葉で語ってくれます。それだけ堤清二という経営者、そしてセゾングループが多面的な存在だったのでしょうか。

永江:確かに、関係者がここまで語りたがる経営者というのも、なかなかいませんよね。

 理由の一つは、セゾングループそのものが、多様な事業を手掛けていたということもあると思います。例えばカード事業にしても、かつてクレジットカードは日本の社会で白眼視されていました。「借金してモノを買うなんて」という時代だったわけです。その中でカード事業を展開するのがいかに大変だったか。

 けれど、先見性のある堤さんはそれを見つけて、スタートさせた。

 堤さんが目を付けて、現在の日本の社会では当たり前になっているモノやサービスは、ほかにもたくさんあると思います。もし無印良品が誕生していなければ、100円ショップも生まれていなかったかもしれません。

 現代につながるいろいろなヒントを考えた人ということでは、レオナルド・ダ・ヴィンチに近いのかもしれませんね。彼は絵描きだったけれど、飛行機も考案したし、いろいろやっていました。そういった稀な天才であることは、間違いないと思います。

 ただ堤さんは、文学者としても、経営者としても、超A級ではありませんでした。私は、堤さんはフランスの哲学者のサルトルに似ているなと思うんです。

 サルトルは、あれだけの影響力を持っていたけれど、やっぱり哲学者としても文学者としても、超A級ではありませんでした。哲学者としては、同じ時代のメルロー=ポンティの方がより深かったし、文学者としてはライバルのカミュの方が優れたものを書いていた。

 けれど、フランス社会で大衆に圧倒的な人気があったのはサルトルで、国際社会に向けての発信力もありました。堤さんもそれと同じなのではないかな、と思うことがあります。

堤清二氏の原動力はどういったところにあるのでしょうか。かつて共産党員として学生運動に身を投じた経験もあります。「理想の社会を描きたい」という思想が影響しているのでしょうか。

永江:堤さんの中では、お金儲けや会社を大きくするということよりも、使命感のような、「どういう社会をつくるか」ということの方が大きかったのだと思います。だから最後は、何もなくなっちゃったのでしょう。

 (セゾングループの不動産会社の清算に伴い)、100億円を金融機関に提供することになり、堤さんは自宅以外の資産をほとんど差し出しました。美術品のコレクションは「セゾン現代美術館」のものですし、個人で持っているものはほとんどなくなった状態で終わったわけです。

 マスコミにも相当叩かれたけれど、当時はやっぱり「生け贄のヤギ」が必要で、その生け贄にされてしまったという思いは、堤さんの側近たちも、堤さんも持っていたはずです。堤さん本人は、決して口にしませんでしたが。

 そもそも金融機関だって、セゾングループにお金を貸した「貸し手責任」もあるわけです。それなのに、堤さんは私財を処分して差し出した。個人のお金儲けなどは、あまり考えない人だったのかなと思います。