有楽町西武、「マインドがない」事件

永江:セゾングループの内部にいた人たち、文化事業部の人たちも含めて「堤さんが本当にやりたかったことが分かっているのは俺だけなんだよ」という感じで、みんなが堤さんについて語りたがるわけです。

 けれど、そこが失敗なんです。堤さんは家父長制的なものを否定しながらも、あまりに能力がありすぎたために、家父長制的にならざるを得なかった。これは組織の矛盾とでも言うのでしょうか。本当は堤さんほど、忖度のようなことを嫌う人はいませんでしたから。

 有楽町西武の開店直前の有名なエピソードがあります。当時、堤さんは売り場をぐるっと回って一言、「マインドがない」と言ったそうです。それは伝説的な言葉ですよね。

 「マインドがない」。それで全員が真っ青になって、「あれをやろう、これをやろう」となったと聞きました。

 そういった点では、コム・デ・ギャルソンにおける川久保玲さんの存在とちょっと似ているなとも感じます。川久保さんも、自分ではデザインをしませんよね。基本的には、「次のシーズンはこう」と、抽象的な言葉で伝えるそうです。

 その抽象的な言葉からパタンナーたちが「社長は何を考えているのだろう」と考えてデザインを起こす。その候補の中から川久保さんが選んでいくんです。

「どうやったら堤清二が満足するか」

セゾングループにおける堤さんも同じような存在だったのでしょうか。

永江:セゾングループでも、絶頂期には、「堤さんが何を考えているのか」ということを、みんなが腹の中で探り合いながら、計画を立てていました。それで、「これ、いいね」と堤さんが言うものにしていく。

 私が書籍売り場にいる時、係長が朝礼で「最近、会長(編集部注:堤清二氏を指す)が市川浩の『精神としての身体』という本が面白いとおっしゃいましたので、皆さん、読むように」と言ったんです。

 これは現象学の難解な本で、フッサールもハイデッガーもサルトルも読んでない人がいきなり読んで分かる話ではありません。「バカじゃないかな」と思って私は聞いていたわけです。

 私がリブロの売り場にいた時にも、ときどき堤さんが売り場に来て、本を買っていました。当時は「とにかく会長が来たら、何を買っていったかを売り場の部長に報告せよ」と言われていました。そして、報告を受けた部長たちは「堤さんが買ったのと同じものを私に」と言っていました。

堤さんの指示が抽象的、感性的だったがゆえに、忖度が生まれやすかったのかもしれませんね。

永江:みんなが、「どうやったら堤清二が満足するか」という答え探しを始めたのが、そもそもの間違いだったと思っています。

 堤さん本人は「今の社会に何が必要なのかを自分の頭で考えてもらいたい」と思っていた。それなのに、社員は「どうやったら会長が満足するんだろう」となっちゃった。堤さんは勘のいい人ですから、そのことにも気付いていたのだと思います。

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