セゾンがもたらした流通業の自己否定

かつてのセゾングループの存在が、現代の消費社会に与えた影響については、どう考えますか。

永江:セゾングループは、「見るべきものを見た」という充足感を日本の消費者にもたらしました。ただ、欧米への憧れというものは、あの時点でなくなっていったと思います。

 「欧米に学べ」から、「世界の大衆、民衆の文化の中から優れたものを取り入れましょう」と変わっていった。だから東京・青山の無印良品1号店が「Found MUJI」に変わったのも、時代の必然だったと思います。

 この転換は、セゾングループによってもたらされたと思っています。生活の中に、シームレスにアートがあってもおかしくない。アートは非日常的なものではなく、日常的なものなんだ。そんな価値観は、セゾングループが提案したことなのではないでしょうか。

 「着るものやクルマに、そんなにお金を使わなくてもいいや」とみんなが思うようになったのも、かつてのセゾングループがもたらしたものだという気がします。それは流通業の自己否定にも当たるのだけれど。

インタビューの前編(「堤清二が抱いていた『流通業コンプレックス』」)で永江さんは、堤さんが「成熟した近代市民、自立した近代的な市民を育てること」を経営者としての使命と考えていたとおっしゃいました。堤さん以降、そのような社会的使命を抱く経営者は現れているのでしょうか。

永江:個別のジャンルではいらっしゃいますよ。例えば、アウトドアブランド、パタゴニアのイヴォン・シュイナード氏だったり、アパレル業界ならミナペルホネン(Mina perhonen)の皆川明さん。亡くなったけれど、ファッションデザイナーのヨーガン・レール氏もすごく近いと思います。

 先日、英バーバリーが42億円相当の在庫を廃棄したことが社会問題になったけれど、ああいった問題が報じられる前から、皆川さんは廃棄をやめているわけですし。

 あるいはウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する糸井重里さんだって、最初はブログから始まって、手帳をつくって、それから今では腹巻きやジャムをつくっています。

 根底にある思いは、「モノをつくって売ろう」という考えよりも、「生活の中にこれがあったらいいな」という思いです。ベクトルの向きが逆のビジネスが出てきています。

 堤さんはあまりにも何でもできる人で、あらゆることを知っていて、センスもすごく良かった。けれど私は、だからこそセゾングループは破滅したのだと思っています。

 かつてのセゾングループは流通業だけでなく、不動産開発やホテルなどもやっていました。あと都市開発のようなこともやったりしていた。堤さんは何でもできたし、ある程度までは実現してしまった。だから、ダメになってしまうわけです。セゾングループが巨大になりすぎちゃうわけです。

 そこまで才能がなくて、特定の事業しかできない人が何人か集まっていれば、もしかしたら、うまくいったかもしれないなと思いますね。

結局、有能すぎるがゆえにワンマン経営者になってしまったということでしょうか。

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