構想力を失った経営者たち

大塚:ZOZOの社長(である前澤友作氏)が月に行くと発表したのを見て、「ああ、この人はこういうふうにしか未来を構想できないのか」とちょっと驚きましたね。

 あれだけの起業力があれば何でもできるはずなのに、しない。彼のことは知らないけれど、直接知っている「ニコ動」の川上(現在はカドカワ社長の川上量生氏)を見ても、革命を起こせとは言いませんが、企業のインフラを使えば、未来の設計図が示せるはずです。

 でも、一様に文学的、社会科学的な想像力が脆弱すぎる。

 ネット業界の経営者は「社会をより良くする」という決まり文句を言うけれど、実態は、経済的な利益の「エコシステム」をつくることで、この場合の「エコ」は「エコロジー」じゃなくて「エコノミー」です。

 一方、堤清二は「エントロピー」という言い方をしていたけれど、物を使ったら資源を使う、資源を使ったら自然が破壊される、使ったものがまたゴミを生んでいく。エントロピーの総量は変わらないのだから、モノも人間の精神の水準も、全部を循環させていかなければいけないと、言おうとしていました。

 無論、それはある意味、ありふれた理想論です。ただ、その理想論、堤清二のいう「ユートピアニズム」を、セゾンはどこか本気で目指していた。大体、今の企業の掲げる企業理念って、実態は「ディストピアニズム」ですよ。

経営者の質が大きく変わった理由をどう見ていますか。

大塚:今の若い起業家たちはみんな、日常の小さな空間の中で、閉鎖的なシステムをつくろうとしています。想像力の届く範囲が小さい。

 唐突に聞こえるかもしれませんが、今の日本は文学と左翼思想を殺した結果、大きなツケが回ってきています。

 今は情報系と言われる工学的な思想が中心になっています。

 自然科学は当たり前のように倫理と向き合わなくてはいけなかったけれど、情報論には倫理がありません。情報論は最初から応用論だから、文学や哲学が基礎になくてはいけないという意味が分からない。

 だから、「未来」を設計する想像力の基礎訓練がないのです。想像力というのは本当は勉強しないと身につきませんから。

 ZOZOの前澤社長にしたって、彼のお金だから僕がとやかく言う必要はないけれど、夢が借り物のように僕には見えるわけです。ホリエモン(元ライブドアの堀江貴文社長)も「宇宙に行く」と言っているけれど、それは1970年代、1980年代の夢でしょう。僕らの世代が子供の頃、(大阪の)万博で月の石を見た時の夢ですよ。

 「月に行く」というのは東西冷戦下で、ジョン・F・ケネディーたちが見た夢であり、政治的な野望でした。ケネディーにとっては、アメリカがソ連に対していかに優位に立つかというプロパガンダであり、軍事戦略だったわけです。

 そういう時代の夢を、平然とオリジナルの夢のように使い回しているところが、格好悪いなと思います。「むしろあなたたちがつくった情報や電脳空間の中に、私たちの未来があるんじゃないの」と僕は思うんです。そこを示すのが彼らの仕事なのに、「宇宙へ行くのかよ」と。

 堤清二と今の経営者の違いは何だろうと考えながら、改めて彼の本を読み直して痛感したのは、マルクス主義とロマン主義(文学)の素養です。現代の経営者はそこをちゃんとやって来ていない。

現代の人がそうした思想を学ばなくなったのはなぜなんでしょうか。

大塚:バブル経済では、「未来」が株や土地の値段にすべて還元されるようになりました。あの辺りから変化があるのでしょうね。

 今は企業の「価値」は時価総額ただ一つでしょう。その結果、「知識」とは短期的な応用やコスト回収などといった「役に立つこと」を学ぶこと、という考え方が正しいことになってしまいました。

 無論、あらゆる学問も文学も「役に立つ」ものであるべきですが、それは費用対効果などで換算できるものではありません。

 一方で文学や学問も、文壇やアカデミズムの既得権益によって閉塞して、「社会」への責任を果たすという思想がなくなっていきました。そして、古本屋も含めた書店や図書館など、社会が何かを啓蒙していくという、かつては当たり前のように社会や経済に組み込まれていたシステムが、今では解体してしまったのです。

 その転換期が1990年代だったのです。

(中編に続く)