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幻に消えた“ファミマ買収劇”

そういう厳しい状況だったからこそ、強固なビジネスモデルを独自に生み出すことができたということですか。

鈴木:親会社のイトーヨーカ堂だって、創業者の伊藤さんをはじめ、みんながコンビニ事業には消極的でした。だから私は日本のマーケットに合ったものを、独自で考えていくしかなかったんです。

 1990年代後半、消費増税に伴い、消費が冷え込んだ時期がありました。その頃、私はイトーヨーカ堂の経営者として、「消費税還元セール」を仕掛けようとしたのですが、みんなに反対されました。「普通は1割引にしたって売れない。それがたった5%安くなるだけで、消費者が反応するはずがない」と言われましたから。

 あんまり反対するから、北海道限定で消費税還元と銘打ってセールをやってみたら、ばーっとお客さんが来たわけです。それで次の週から、全国に広げていきました。

 このことから分かるように、日本の場合は消費を考えるとき、顧客の心理をどのようにとらえるかが大事なのです。

 企業にしても個人にしても、将来を案ずるのが日本人でしょう。それは国民性なんです。だから政治家も、消費税などを判断する際には、大衆心理を考えないといけません。

 特に日本は、ここまで成熟した消費社会ですから、大衆心理が非常に重要なテーマです。高度成長の時代であれば、消費意識を刺激するには、単純にディスカウントをすれば良かった。けれど、今では1割引や半額でも、消費者は反応しませんよね。

セゾングループの堤清二さんも、単純なディスカウントとは違う、消費者の心理を考えて施策を打ち出していたように思います。

鈴木:そういう面はあるでしょう。ただ堤さんは、もう少し経理や財務に対する関心があったらよかったなと思いますね。やはりお金の使い方には、大らかなところがありましたね。

 僕が、セブンイレブンを作る時、親会社のヨーカ堂は出店を進めている大変な時期でもありました。つまりイトーヨーカ堂も資金がなかったわけです。

 僕は、セブンイレブンの店舗が1つもない中で、10人の仲間に対して「会社設立から最短で上場会社をつくる」と言ったんです。

 そうしたら、みんなが大笑いしていました。「鈴木さん、まだ店を1つも出してないのに、日本で最短の上場会社だなんて、そんな夢みたいな話は今、ここでしないでくださいよ」なんて言われて。

 けれど、セブン-イレブン・ジャパンは当時として最短で上場(東証二部)を果たしました。

セゾングループは銀行の借り入れに過剰に頼った結果、バブル崩壊で大きな痛手を被りました。西友は1998年、傘下のファミリーマートの株式を、伊藤忠商事に売却することになりました。伊藤忠商事は、セブンイレブンの日本での立ち上げの際から、関係の深い商社ですね。

鈴木:伊藤忠がファミリーマートを傘下に入れる前、ある人から「鈴木さん、ファミリーマートを引き受けないか」という打診がありました。だけど、僕は買おうとは思いませんでした。

 セブンイレブン以外のコンビニは、「重要なのは店数だ」と今でも言っているようですが、大切なのは店数ではないんです。やはり、一店一店の質の積み重ねが競争力になりますから。

 僕は、いくら店舗数が一気に増えるからと言って、ファミリーマートを引き受けるつもりはありませんでした。僕は今は経営からもう離れています。この後、みんな(現在のセブン&アイの経営陣)がどう考えるかはともかくとして。