セゾンにスカウトされていた?

鈴木:中内さんは、思い切って一つのことを徹底して推し進める経営者です。基本的には、スーパーという業態に力を注いでいました。

 それから中内さんは、事業を大きくすれば、誰からも倒されることはなくなると考えて、必要以上に規模を追い求めました。そのような点は、やっぱり堤さんとは違いますよね。

 堤さんは、小説家や詩人としても有名でした。中内さんが文学などに全く無関心だとは思いません。いろいろなものを書かれたりしていますから。だけどやはり、2人の生き方は違っていたと思います。

 堤さんは西武百貨店の経営では、パリに住む妹・邦子さんのサポートを受けて、欧州の高級ブランドを次々に誘致していました。

 当時、西武はデパートの中でもファッションの先端をいっていたわけです。日本の経済が伸びていて、景気が良く、海外ブランドが求められるタイミングだった、ということもあったのでしょう。

鈴木さん自身は、セブンイレブンを経営する一方で、同じグループのイトーヨーカ堂でも長く経営に携わってきました。イトーヨーカ堂のライバルとして、セゾングループ傘下の西友を意識していましたか。

鈴木:僕はそんな見方はしていませんでした。むしろダイエーの中内さんの方が堤さんを意識していたのではないでしょうか。「西のダイエー、東の西友」と言われていましたからね。

 うち(イトーヨーカ堂)や、ジャスコ(現イオン)さんは、経営の方向性は少し違っていました。当時、こうした大手スーパーは、それぞれ独特の経営感覚を持っていましたよね。

イトーヨーカ堂は、大手スーパーの中でも収益性の高さや、徹底した数値管理などで定評がありました。こうした面から、堤清二さんは西友を経営する上で、イトーヨーカ堂から学ぶことが多いと考えていたそうです。鈴木さんをセゾングループにスカウトしようとした、という噂もあったようですが。

鈴木:1980年代に僕が始めた「業革」(イトーヨーカ堂が続けてきた社内の業務改革活動)に対しても、堤さんが相当、関心を持っていたことは事実らしいですね。スカウトを直接、受けたわけではありませんが。

 中内さんの方が、私に関心があったんじゃないかな。あの人は非常にいろいろな人を外部から採用していましたから。堤さんもいろいろな人をセゾングループに入れていたけれど。その点は、2人とも似ていますよね。

堤さんとは個人的な親交がありましたか。

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