BSE問題で吉野家を激励した堤清二

吉野家は2004年に大きな試練に直面しました。BSE(牛海綿状脳症)の発生が原因で、米国産牛肉が輸入禁止になり、主力商品である牛丼を、長期にわたって販売できない事態となりました。この頃、既にセゾングループは解体されて、堤氏は引退していました。堤氏と何かやり取りはありましたか。

安部:堤さんから、2回にわたって長文の手紙をいただきました。私への激励でした。

 政界であれ行政であれ、堤さんのネットワークはすごいものでした。『僕に役立つことがあったら何でも遠慮なく言ってほしい』という趣旨でした。

改めて、堤清二氏という人物をどう見ていますか。

安部:ダイエーの中内さん、セブン&アイ・ホールディングスの伊藤雅俊さん、イオンの岡田卓也さんは、創業者の生き様とか考え方そのものがグループのカラーをつくっていきました。堤さんは、あくまで彼の哲学と美意識で経営をしてきた。

 ただ、彼流のやり方は極端でもありました。人のマネジメントは、そんなに得意な分野ではなかったでしょうが、基本的には人を大事にしてきたと思います。

 だから良品計画やパルコ、クレディセゾンなど、多くの会社が今もしっかりと残っている。

 堤さんは、自分さえよければという考えでセゾングループを自分の利益のための装置にするようなことはなかったと思います。

ただ一方で、トップを崇拝する組織風土が出来上がっていましたね。

安部:周りを忖度させるDNAは、父の康次郎さんから引き継いでいたのではないでしょうか。それが当たり前と思う感覚は、ずっと抜けていなかったのでしょうね。

 そうであってはならないという、自虐的なばかりの自己矛盾性は、論理として学んで身につけたものでしょう。だから、極端な2つの要素が彼の中には同居しているんですね。