まだお客さんが見たこともないようなものを

堤氏は西武百貨店で、海外ブランドをいち早く取り入れることにも力を注ぎました。

林野:エルメスやイヴ・サンローランなど、ヨーロッパのラグジュアリーブランドを次から次へと導入しました。堤清二さんの妹・邦子さんがパリに住んでいたので協力してもらいました。

 後発の百貨店ですから、老舗のまねをしないというのが堤さんの考え方でしたね。三越や高島屋、伊勢丹がやっているようなことはやらない、と。

 美術の展覧会を開くにしても、有名な画家の展覧会ばかり企画すると怒るんです。

 「客寄せパンダみたいなものは年に1回や2回ならいいけれど、文化催事はお客さんを集めるためにやるんじゃない。まだお客さんが見たこともないようなものをやるんだ」と。

 そういう感じで展覧会を開くものだから、芸大生ばかり来ちゃってね(笑)。池袋に行けばどんどん珍しい作品が見られると、芸大生に喜ばれました。

1975年には西武池袋本店に「西武美術館」が開業しました。これより以前の店舗での催事、そして美術館ができてからも西武百貨店は現代美術を積極的に紹介していきました。

林野:そうですね。例えば米国のジャスパー・ジョーンズという画家や、スイスのパウル・クレーなどです。当時はまだポピュラーになっていなくて、ほかの百貨店が取り上げないような芸術家の作品が多かったです。

 堤さんは西武百貨店の展覧会について、「社員にも見せる機会をつくりなさい」と言ってました。見て理解できなくてもいいんだ、と。それでも社員は、見ることによって美術などの文化に関心を持つようになる、ということです。社員は大変でしたよね、勉強しなくてはいけないから。

堤氏が提唱した「顧客最優先の思想」

セゾングループは美術館だけでなく、劇場を作ったり、映画配給を手掛けたりしたほか、堤氏自身が現代音楽の武満徹や作家の安部公房らと親交が深く、彼らの活動を支援していました。

林野:大衆の望んでいるものを、半歩先とか一歩先に見せる感覚で、西武百貨店のイメージを三越、伊勢丹、高島屋の上に持っていく戦略でした。広告ではコピーライターの糸井重里さんや仲畑貴志さんを起用して、斬新な広告を打ち出し、広告を文化へと高めたのです。

文化関連の取り組みのほかに、林野社長が西武百貨店に入社した当時、堤さんに関して印象に残っていることがありますか。

林野:1960年代後半だと思いますけど、堤さんは幹部集会で、「顧客最優先の思想」というのを打ち出していました。

 企業経営に、「思想」なんていう言葉を使うのはふさわしくないと思うかもしれませんが、堤さんはそういうことを考えていた人です。

 学生時代に共産党で活動した経験のある人だから、組織運営でも理念を重視していました。

 グループ運営では経営共和主義。つまり親会社が子会社を管理するのではなく、グループ会社はみな対等だという考えを唱えていました。そして会社の組織には、ヒューマニズムの風土が不可欠だと言っていたのです。

 当然、社員の性別とか学歴、年齢、社歴などは関係ないんだと。能力主義に徹するんだという考えです。