マクドナルド復活の大きなカギを握るマーケティング。2015年10月、マーケティングのみならず、再生屋としての手腕も買われ外部からマーケティング本部長に招へいされた足立光氏が最初に打った手は、定番品のテコ入れだった。(インタビュー前編:「裏メニュー」「チョコポテト」誕生の舞台裏)
これまで同社のマーケティングは期間限定品に偏りがちだったが、ハンバーガーのトッピングを選べるようにしたり、新商品の名前を募集したりと、定番商品でニュースを作り出すことで消費者に来店を促した。
だが、ニュースを作っても消費者に広く認知されなければ意味がない。そこで足立氏は、既存のマスメディアだけではなくSNS(交流サイト)の活用を重視する戦略に舵を切った。それは、「チキン事件」以降広がっていたマクドナルドに対するネガティブなイメージを上回る、ポジティブなイメージを広げる効果、いわば“ラブ・オーバー・ヘイト”につながっていった。
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足立光(あだち・ひかる)氏
日本マクドナルド上席執行役員マーケティング本部長。一橋大学商学部卒業後、P&Gジャパン、ブーズ・アレン・ハミルトン、ローランドベルガー、ヘンケルグループ傘下のシュワルツコフヘンケル、ワールドの執行役員国際本部本部長などを経て、2015年10月からチキン事件と異物混入問題でどん底にあった日本マクドナルドに入社。「再建屋としてやりがいを感じで入社を決断した」と話す(写真:竹井 俊晴)
──定番品で商品は同じでもニュースは作れると前回(インタビュー前編:「裏メニュー」「チョコポテト」誕生の舞台裏)、話していました。それこそがマーケティングであると。にもかかわらず、なぜ、以前のマクドナルドでは、そうしたニュース作りがあまりできていなかったのでしょうか。
足立光・マーケティング本部長(以下、足立):あまりできていなかったどうかは判断しづらいですが、マーケティングのやり方が結構、今と違っていました。1つ目は前回にお話しした「商品の打ち出し方」だったのですが、2つ目は「どのメディアを使うか」です。
今までのマーケティングは基本的に、まず、ニュースや製品があって、それをテレビコマーシャルなどのマスメディアで伝えていく方法でした。それ自体、何もおかしくはないのですが、私が日本マクドナルドに入社した2015年10月当時、チキン問題や異物混入問題によるお客様の不信感から、いくらマスメディアで広告を打っても誰も信用してくれない状況でした。こちらからの一方的な情報発信では、十分な効果が期待できませんでした。
つまり、私たちが直接、消費者にニュースを伝えても信用してもらえませんでした。そこで、私たちではない誰か第三者に伝えてもらわないと、信用してくれないと考えました。いわゆる、「アンバサダーマーケティング」と呼ぶ手法ですね。
そこで目を付けたのがSNSでした。ツイッターやインスタグラムで友人や家族からニュースが伝わっていくと、いわゆる「身内ごと」になるんですよ。日常的に食べなくてもいいハンバーガーを扱う私たちにとって、この「身内ごと」として捉えてもらうことが重要なんです。友人や家族からキャンペーンや新製品の話題が伝えられることで、「それなら食べてみようか」と思うからです。
SNSは基本、ツイッターしかやっていません
──SNSにもいろいろありますが、どのメディアを活用していますか。
足立:一般的にすごく珍しいことだと思いますが、私たちは基本、ツイッターしかやっていません。フェイスブックは、ページは開設して投稿もしていますが双方向の活動はあまり展開していません。インスタグラムも同様です。
マクドナルドのツイッターページ。テレビコマーシャルなど既存のメディアよりツイッターでの情報発信を優先
──なぜ、ツイッターしか使わないのですか。
足立:マーケティングに携わっている方がツイッターしか基本的に使っていないと聞くとみなさん、驚きます。しかし、私たちにとって、理由は明確なんです。ツイッター以外のSNSでは、ニュースが拡散しないからです。
一方、ツイッターであれば、情報を出すと利用者がすぐにパンっと、リツイートしてくれるんですよ。発言や情報の内容がいいと思ったら自分の知り合いに知らせるこのリツイートの機能があることで、伝えたいニュースが多くの利用者にすぐに拡散します。フェイスブックやインスタグラムは「いいね!」はするけど、情報共有はあまりしませんよね。
マスに拡散できる媒体としては今、ツイッターが唯一だと私は思っています。
──いつごろからそう判断したのですか。
足立:昨年の後半ぐらいからです。まず、動画を活用したプロモーションを試しました。その効果を確信できたので、次に拡散の方法を考えました。逆に拡散するためには動画が効果的だという考えもあり、両方が合わさった感じです。
──やはり動画の方が拡散するんですか。
足立:効果はありますが、動画ありきではありません。どのターゲットにどのようなメッセージを伝えるか次第ですね。例えば朝食に関するニュースを朝、送るとしましょう。通勤や通学の時間帯ですから電車の中にいる方も多い。それなのに動画を送ってしまったら、音が出ますからみんな聞いてくれませんよね。そうなると動画は使わない方がいいと判断します。
──これまで、マクドナルドはSNSの活用が進んでいなかったと思いますか。
足立:いいえ、そうは思っていません。今、いろいろな会社がデジタルマーケティングに関するセミナーを開催しているぐらいですから、遅れているわけではないと思います。
さほど活用していなかったのは事実だと思いますが、うまく活用している会社として名前が挙がるのはサントリーグループと日本コカ・コーラくらいじゃないですかね。
流行は10〜20代が作る。だからツイッターを使う
──実際にツイッターで情報を拡散しているのはどのような人ですか。
足立: 10代、20代の若い世代ですね。マクドナルドの客層を考えると限定的じゃないか、と言われそうですが、実はそれでオーケーなのです。なぜなら、トレンドはその世代から作られますから。
逆に言えば、その世代でないと拡散しません。新製品発売やキャンペーン開始前から情報を出し拡散してもらう。最初の1週間が勝負ですから。それ以外の世代、マスメディアを中心に見る世代は、キャンペーンが始まってから訴求する。そういう順番です。
──一時期、フェイスブックが普及してきたとき、ツイッターはもう下火だという風潮もありました。10代、20代はツイッター中心なのですか。
足立:これはある程度、年上になってくると伝わらないのですが、20代は使っていますね。検索に使っていますよ。今や、グーグルではなくツイッターを検索に使うんです。
調べることがあったらツイートから検索するパターンです。ツイッターの方が生の声だからより信頼できると思っているようです。
──まず、ツイッターで10代、20代に火をつけないとニュースが広がっていかないと言うことですね。
足立:既存のメディアでも広がりはすると思いますが、過去のプロモーションと同様の効果しか期待できなくなってしまいます。過去のマーケティングについては経験に基づくモデルがあって、どのくらいメディアで露出するかでどのくらいの売上高になるかなど分かっています。ただ、ツイッターで拡散しないと、このモデル通りになってしまう。
私たちは、過去のモデルを超える売り上げを目指さなくてはいけない状況でしたので、必死だったわけです。
商品パッケージで「身内ごと」化させてSNSで拡散
──ツイッターで拡散させてからマスメディアを活用する方針に転換したのですね。
足立:そうです。かつての広告・宣伝では、マスメディア、インターネット、商品パッケージなどを含むオウンドメディア(自社メディア)の順に重視していました。ですが今はこれを逆転させました。さらに言うと、このオウンドメディアの活用方法をかなり変えました。
例えば商品パッケージです。パッケージは重要な自社メディアになります。そこで2016年に大幅にパッケージを変えました。「月見バーガー」は月にうさぎの影をあしらったデザインへ、「チキンタツタ」は「タ」「ツ」「タ」の文字を強調したデザインへと変更しました。シェイクなどほかの商品も同様です。
「月見バーガー」のパッケージ(左:2015年)(右:2016年)
「チキンタツタ」のパッケージ(左:2015年)(右:2016年)
足立:こうしてみるとパッケージはかなり使えるんですよね。月見バーガーは結構、かわいいデザインだと思います。お客様が一番、目に触れるところですので反応があるはずなんです。反応すると写真を撮ってSNSで友人や家族に広める。さきほどお話した「身内ごと」になるんですね。
キャンペーンや新商品の告知など、実際にニュースが起こる前に拡散を狙うのを「プレバズ」と呼んでいます。まず、このプレバズを起こして、その後、商品を発売してから商品自体やパッケージなど、より細かいところで再びバズらせます。
マクドナルドのキャンペーンは通常、4〜 6週間続くのですが、最初の1週間でどれくらい売り上げを高められるかで、その成否が決まります。2週目以降、売り上げはどうしても落ちますが、落ちるスピードは1週目の売り上げが多かろうと少なかろうと、同じなのです。ですから、最初の1週間でできるだけ売り上げを増やすことが、キャンペーン全体を成功させるかどうかのカギになるわけです。
ラブ・オーバー・ヘイト
──マーケティングのミッションには信頼回復も含まれていたのですか。
足立:信頼回復のための活動は2015年に実施しましたが、16年からはキャンペーンや新商品で話題作りをすることで、悪い噂を打ち消していこうと考えました。私は「ラブ・オーバー・ヘイト」と呼んでいるのですが、よい話がたくさん出てくれば、悪い話は自然と薄まっていきますよね。
もちろん、お客様からのご批判には誠心誠意、お答えしていく従来からの方針に変わりはありません。既にネットに上がっているお客様からのご批判や記事が、なくなることもありません。しかし、それらを受け止めた上で、再び成長を目指すのであれば、積極的に私たちの前向きな取り組みを発信していく必要があるでしょう。
「ラブ・オーバー・ヘイト」ーー。「悪意に満ちた風評や根拠のない噂を上回る、愛に満ちた楽しい情報を拡散する」と話す足立マーケティング本部長
──2015年、食品の安心・安全に一番、敏感な母親層、つまり“ママ”たちの信頼回復にサラ・カサノバ社長が先頭に立って取り組んできました。ファミリー層に対するマーケティングはどのようなものですか。
足立:マクドナルドのマーケティングは実は、客層ごとに細かく出し分けてはいません。ファミリー層をより、取り込みたいとは考えいますが、そこにフォーカスしたマーケティングは実はやっていません。
マクドナルドに子供を連れて行くことに罪悪感があるなら、そこにはまだ悪いイメージが残っているということです。ですので、楽しいニュースを次々に発信し拡散して、世の中にマクドナルドに対する良いイメージをあふれさせようと考えました。最近のマクドナルドは「何かいいかも」「楽しいかも」という気になって、しかも、みんなも行っているとなれば、悪いイメージや罪悪感は薄らぐはずです。
──ファミリーと言えば、何といってもハッピーセットだと思います。子供は景品を喜びますし、親も連れて行って買ってあげたいと思う。今年はハッピーセット30周年ということですが、何か特別な手は打っていますか。
足立:ハッピーセット自体を魅力的にすることに加えて、ハッピーセットのおもちゃがどんな動きをするか、動画で伝えることなどをしています。
もう1つはハッピーセットのキャラクターとハッピーセット以外の商品を絡めることです。例えば、「ピカチュウ」のフルーリー(クッキーをソフトクリームに混ぜ込んだデザート商品)を販売しました。「ピカチュウ」のハッピーセットを買った人がその商品を見れば、買っていただけるのではないかと思います。
あとはイベントですね。ハッピーセットは商品でしかないので、イースターやこどもの日などにイベントを打って来店していただく。私たちは店舗体験と呼んでいますが、それが重要になりますね。
こうした一連の取り組みで全体的なマクドナルドの評判が上がりました。何となく「今なら、子供を連れて行っても安心よね」と思っていただけるような空気感が作れたのが一番、大きいと思います。
マックにターゲットなし。だから“空気感”を重視する
──空気感ですか。
足立:はい。余談ですが『「空気」の研究』(文春文庫)という本があります。評論家の山本七平さんが書かれていますが、私はこの「空気」をとても重視しています。
理由はマクドナルドにはターゲットがないからです。年齢性別問わず全員がターゲットです。かつ、新商品やキャンペーンを常に実施して休めるタイミングもない。そうなると一つひとつのマーケティングも重要なのですが、マクドナルドに対する全体的なイメージがより大事になります。「何か楽しそう」「行ったら何かあるかもしれない」という、その空気感を作ることが重要だと思っています。
──顧客層を絞り込まずにニュースを作り出してどんどん拡散するという手法では、今後、ネタ切れを起こす可能性はないですか。
足立:まだ全然、大丈夫です。ただし、私が入社してから毎週プロモーションをする体制に変えました。実は以前とプロモーションの数自体は増やしていないのですが、複数のキャンペーンを同時に実施するのをやめて、1週間、2週間、ずらしているんです。
──そうすることで、常に何かしら新しいことをしているように見せているわけですね。
足立:そうなんです。今年4月の例では、最初の週に「グラン」シリーズを発売して、次にハッピーセットの新たなおもちゃ、その翌週はマックフルーリーの復刻版を発売と言う具合です。
マック復活、「過去最高レベル」に戻った
──マクドナルドはどの程度、復活したとお考えですか。
足立:過去最高レベルに近づいていると考えています。そして、さらに伸ばせると思っています。
──今後、どのように伸ばしていきますか。
足立:マクドナルドの利用者数はかなり高いレベルにあります。ですから、全く来ない人に訴求しても、これから来ていただくのは難しいと思います。すべきことは基本的に来店頻度を上げることです。例えば、半年に1回の頻度で来ていただく方に、3カ月に1回、来てもらう。習慣化ですね。
それから時間帯では朝と夕方、夜で売り上げを増やすことが重要です。マクドナルドはランチには強いですから、それ以外の需要を増やすことです。あとはお店以外、デリバリーの強化です。
そして、モバイルオーダーと呼んでいますが、スマートフォンのアプリ経由で、注文と決済を事前に済ませておくことで待ち時間をゼロにすることです。
このようにすべきことはたくさんありますので、ネタは尽きませんよ。
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