期せずして今、再び注目される小倉昌男
楠木:「本当に腰の据わった経営というのはこういうものだよな」ということを改めて教えてくれるのが、『ヤマト正伝』なのです。これは別に、小倉さんがそう意図したわけではなく、期せずして「小倉イズム」がそういったメッセージを今、持つようになっている。
今改めて、小倉イズムを学ぶ価値がある、ということでしょうか。
楠木:時代が変わっても生き続ける経営の本質、王道について書かれたのが『小倉昌男 経営学』でした。一方で、『ヤマト正伝』は、間接的に小倉さんの後にヤマトグループを経営した方々が小倉さんについて語っています。
けれど、その内容はもう普遍にして普遍ですよね。ユニバーサルで変わらないという2つの意味で、普遍のものだと私は思っています。改めて、こういう小倉さんの考え方、「小倉イズム」というのか「ヤマト魂」というのか、そういうものが持つ意味は高まっています。そして、こういう本、すなわち『ヤマト正伝』が出るのも、私はとてもタイムリーだなと思いました。

宅急便が誕生した1976年当時、インフラという意味では、郵便小包と国鉄小荷物がありました。これらは両方とも生活者にとっては、とても使いづらいものでした。
楠木:そこが一つのポイントです。ほとんどのイノベーションがそうですが、“日の下に新しいものなし”とでも言うのでしょうか、本当の意味で新しいものは、私はほとんどないと思っています。宅配便が始まった時には、小口貨物、特に個人間の小口貨物は国鉄や郵便局が中心になって手掛けていたわけです。それでも一般の消費者にとっては、いつ届くのかも分からないとても使いにくいものでした。
ですから私は、優れたイノベーションであればあるほど“似て非なるもの”をつくることだと思うんです。1行で書いてしまえば、“個人間の小口の荷物を受け取って届ける”ということなので、その機能自体は郵便局や国鉄が前から手掛けていたわけですから。
しかし宅急便であれば、自宅まで集荷に来てくれて、翌日には届けることができる。
楠木:変わらないように見えて実は非なるもの。ここが大切なのです。従前にあったサービスに対して、全く新しい価値が付加されますから。それが人々が必要とするものとして受け入れられ、大々的なインフラになった。これを私は、「イノベーションの王道」であると捉えています。
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