前任者を否定することから始まった

日本のサラリーマン経営者の中にも、退任後まで影響力を残そうとして、結局、企業そのものをダメにするケースがいくつもありました。

高岡:ネスレは外資系の企業で、150年も続いていて、しかも同族経営ではありません。それでも今まで続いているのには、いくかの理由があると思っています。ネスレ日本の社長に就いた時に驚いたのは、私もそうでしたが、所信表明で前任の社長を否定しなくてはならないのです。

 スイスの本社に行って、所信表明演説のようなものをさせられるわけです。この時、少なくとも絶対に言ってはいけないのが、「前社長の路線を引き継いで」ということです。日本企業では当たり前のように言われますが、これはあり得ない。

 仮に前任者の方針を引き継ぐのであれば、前任者が退任する必要はありません。前の社長がそのまま経営トップを続ければいい。

所信表明演説は、前の社長も聞いているのでしょうか。

高岡:もちろんです。私の場合、前任者はその後もネスレの役員を務めていましたから。それでも私は前任者の方針をほとんど否定して、私が考えた新たな路線を発表しました。そして、それを実行してきたわけです。

 それまでのネスレ日本はずっとマイナス成長が続いていました。シェアは変わっていませんでしたが、インスタントコーヒーというカテゴリーそのものがずっと縮小していて、誰もそれを止められなかった。

 であれば、これまでの方針を全て否定しなくては、しょうがないじゃないですか。「前任者を否定できるような後継者でないと務まらない」というのが、ネスレの考え方でもありました。それは、日本企業とは段違いです。

 きっと小倉さんも、自分を否定してくれるような後継者がほしかったのではないでしょうか。自分の路線を否定してもらいたいけれど、自分が残っていると後継者がそれを実践しづらい。だから潔く身を引こうと考えたのだと思います。

自分を否定する後継者を育てられるか

ただ、今のヤマトグループを見ていると、小倉さんを乗り越えるというよりも、歴代経営陣は小倉さんの考えをひたすら大切に大切に守ってきたように映ります。

高岡:社員を大事にするのが小倉さんの哲学なのに、2017年以降の一連の流れを見ていると、結果として、小倉イズムと言われるものが社員を苦しめてしまったように映ります。今回のような問題は、やはり小倉さんの後を継いだ経営陣の責任ではないでしょうか。

 ネスレ日本は世界のネスレの中でもネット通販が進んでいるので、本社のスイスで事業モデルを説明することがあります。すると皆さん、日本の宅配コストが安すぎると不思議がる。なぜ日本はそんなに安い値段で次の日に荷物が届くのか、と。いくら国が小さいといったって、これまでの宅急便は過剰サービスだったのかもしれません。

 マーケティングの中でも、値付けは社長の仕事です。経営トップの最も大切な仕事の一つがプライシングなのに、それを怠り、しわ寄せを社員に押しつけてきたとすれば、それはやはり許されるものではありません。

 そういう意味では、私は本当の意味での小倉イズムについて、経営陣が改めて考える時なのではないかと思っています。経営環境が変わった時に、小倉イズムをどう解釈して経営に反映させるのか。ひょっとすると、時には小倉さんの言葉とはまったく逆の手を打たなければならない局面もあるかもしれません。それはその都度、現役経営者が考えなくてはならないことなのです。

先ほどの高岡社長のように、前任者を否定することもある、と。

高岡:その通りです。だからこそ、後継者をつくるときに重視すべきなのは、自分を否定できる人間を、あえて育てていくということなのです。自分を否定する後継者を育てるというのはなかなか難しいかもしれないけれど、経営者にはその覚悟が必要なのではないでしょうか。