小倉さんはイノベーションを楽しんでいた

小倉昌男さんはなぜヤマト運輸から去った後、障がい者支援に携わったのだと思いますか。

高岡:小倉さんが障がい者の自立と社会参画を目指して展開した「スワンベーカリー」を、多くの人は慈善事業だと捉えているのではないでしょうか。宅急便とはまったく関係ない事業ですから、確かに唐突に映ります。私も長い間、きっと慈善事業なんだろうなと思っていました。

 けれどある時から、もしかすると小倉さんは、障がい者の人々にベーカリー店を運営してもらうことに、彼なりの次の祖業を見いだしたのではないかと思うようになったんです。つまり小倉さんは宅急便とは別のまったく新しいイノベーションを起こそうとしていた。

 障がいを持つ人やその家族を支援したいだけならば、寄付をすればいいわけです。それなのに小倉さんは、普通なら到底思い付かないような、障がい者の人々がしっかりと働いて、その対価をもらえるベーカリー店を日本に広めようとした。日本を根底から変える新しいイノベーションを、再び起こそうと挑戦されていたのではなでしょうか。

高岡社長がそう考えるようになったきっかけは何でしょう。

高岡:最近になって、人手不足が深刻だと言われていますよね。多くの経営者がいかに人を集めるかということに頭を悩ませています。けれど私は、これは違うんじゃないかなと感じています。経営者が本当に考えなくてはならないのは、その先に訪れる「人余り」の時代についてです。

 AI(人工知能)やロボットが普及すれば、きっとホワイトカラーの仕事はこの先、大幅に減ってしまいます。それなのに、多くの企業は目の前の人手不足を恐れて、何とか新卒を採用しようと四苦八苦している。その点、最近私が着目しているのは、ほかの会社で定年退職したシニア層です。

 これから先、さらに人間の寿命が伸びると、60歳や65歳で退職しても皆さんまだまだ元気です。同時に自分の親の世代など老老介護の問題も抱えるようになる。仮にしっかりと退職金をもらって定年できても、財政面で苦労をするケースも出てくるはずです。「まだ働き続けたい」と思うシニア層もさらに増えるでしょう。かといって、再就職先はなかなか見つからないのが現状です。つまり既に30年近く働いて多様な経験を積んだシニア層が、これまでよりも簡単に採用できるようになっている。多くの企業はその存在に気づかず、若い労働人口ばかりを取り合っています。それよりも皆さん、まだまだ元気なシニアの力を生かせばいい。

 小倉さんも同じように、元気で生きがいを求めている障がい者の人々と出会って、彼らが社会で活躍できるのだということを、スワンベーカリーを通して実証しようとしたのではないでしょうか。

 実はこれは極めてマーケティング的な発想なんです。新しい現実に直面した顧客の問題を、どのように解決するかということですから。小倉さんは問題を見抜く力に優れていた。それはイノベーションを起こす力でもあります。

イノベーションを起こせる人材を育てる

小倉さん以降のヤマトグループの経営者は、その発想を引き継いできたのでしょうか。

高岡:小倉さんがつくった宅急便は、それまで世の中に存在しなかったものです。ですからこれを生み出したことは、間違いなくイノベーションと言えるでしょう。けれど、宅急便の後に生まれたゴルフ宅急便やクール宅急便は、「リノベーション」であって「イノベーション」ではありません。

 つまり、あんなに立派なヤマト運輸でさえ、小倉さんが去った後は、本当の意味でイノベーションを起こすのが難しくなっていった。それくらいイノベーションとは生み出すのが大変なものなのです。

 そんな中でも、私は経営者としてネスレ日本でイノベーションを起こせる社員を育てていかなくてはなりません。そこで「イノベーションアワード」というものをつくったんです。

 開めた当初は、それぞれの社員が一人で顧客の問題を見つけて、ソリューションを考え出し、小さな規模でテストをできるようにしました。その過程でリーダーシップや周りの人間を説得して協力させる力など、イノベーションを起こすために必要な要素を学んでもらったのです。このイノベーションアワードで1等を取ったアイデアは、この7年の間に売り上げと利益に貢献するようになってきています。つまりイノベーションを起こせる人材が少しずつ育つようになってきた。もちろんまだまだ3合目や4合目ではあります。それでも少なくとも、「成功の芽」は出てきています。

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