新しい発想を生む視点や思考の組み立て方、その実践方法について、孫泰蔵さんに聞く連載「思考停止を疑え」。今回は「教育」にまつわる思考停止をテーマに聞いた。

(聞き手:日経BP社出版局編集第一部長・中川ヒロミ)

「オフィスと社員はもう要らない」という衝撃的なメッセージから始まった当連載、孫さんが繰り返しおっしゃっているのが「思考停止せず掘り下げよう」という提言です。教育に関してもお考えがある、とのことですが。

孫泰蔵氏(以下、孫):「これまでと同じ行動を取っているほうが安心」という“経路依存性”がはたらいて、教育についても思考停止状態に陥っている人は少なくないように思いますね。

私にも小学生の息子がいますが、親としてどういう教育をわが子にすべきかと不安になります。

:実際、どんな不安があるのでしょう?

小さなところでは「宿題をきちんとやらなくて困った」から始まりますが、集約すると、「将来ちゃんと社会でやっていける大人に育つために、勉強をしてほしいし、できれば就職に有利な学校に進んでほしい。でも、子どもは思い通りにならない」というところでしょうか。

:なるほど。では、さっそく問いを立てていきましょう。まず「ちゃんと社会でやっていく」とはどういう状態なのでしょうね?

「自分でお金を稼いで独力で生活できる」ということでしょうか。経済的に自立し、周りの人とも協調できる力は、やはり身につけてほしいと感じるのが親心なんです。

:ふむ。そうすると、ここで次の問いが立つわけですが、僕らは本当に“独力で”生きていかなきゃいけないんでしょうか? 経済的に自立しなきゃいけないって、誰が決めたんでしょうか? というか、そもそも経済的に本当に自立できている大人って、いますかね? 会社員は経済的に会社に依存しているじゃないですか。会社が潰れた途端に路頭に迷うわけですから。なんとなく、「バイトより正社員のほうが経済的に自立している」ようなイメージがありますが、どっちも同じ、会社に依存している生き方です。

 では自営業はどうでしょうか。自分の裁量で稼いでいるという点では何かに依存しているわけではないように見えます。でも実際には自営業で成功している方ほど「周りのおかげ」とおっしゃいます。

 これは僕の持論として言い切るのですが、人は独力で生きていけるわけがない。皆が支え合わなければ生きられないから社会を構成しているわけです。自分だけではできないことだらけだから、誰かそれを補助してほしい。その対価としてお金が必要で、だからたくさんお金を持つと安心できるという心理が生まれる、というわけですね。他に教育上の不安といえば、何か浮かびますか?

「周りの子と歩調を合わせないといけない」という不安もよく聞かれます。自分の子どもに少しでも不登校の兆候があると「このまま引きこもりになったらどうしよう」と心配になりますし、学校の先生から「昼休みに外に出て友達と遊ばず、1人で教室で過ごしているのが気がかりです」と言われて悩んでいる親もいました。

:その先生にぜひ直接聞いてみたいですね。なぜ昼休みに全員外に出て遊ばないといけないのか? と。「子どもは外に出て遊ぶもの、なんて誰が決めたんですか? あなた、毎日必ず運動場で遊んでましたか?」と問いたい。大人も子どもも関係なく、行きたい時には行くし、行きたくない時には行かない。そんなの人それぞれやんか、という話です。