米国のトランプ政権による中国製品への制裁関税が米国時間の今日7月6日、発動する見通しだ。中国は対抗関税を準備しており、貿易戦争がまさに起きようとしている。中国は今世紀半ばまでに米国に並ぶ大国になるという目標を掲げている。両者の角逐は足元の貿易戦争だけでなく、先端技術や軍事まで幅広い分野で本格化していくだろう。

 日経ビジネスでは6月25日号特集「米中100年 新冷戦~IT、貿易、軍事…覇権争いの裏側」で、現在の関税措置の打ち合いや米国の懸念、中国化する世界の現状を徹底した現地取材でまとめた。それに関連して、米中に精通した専門家のインタビューを掲載する。今回は外務省出身で上海総領事なども務めた東京大学の小原雅博教授に米中の将来とその間に立つ日本の立ち位置について聞いた。

(イラスト:北沢夕芸)
(イラスト:北沢夕芸)

米国と中国の貿易戦争が現実のものになろうとしています。すでに単なる貿易赤字の問題ではなく、両国の覇権争いという側面が強くなっていると思いますが、米中の摩擦は今後どのように推移していくと考えていますか。

小原雅博教授(以下、小原):国際政治を見ていく上で重要なのが国家間のパワーの均衡です。国のパワー、つまり現在の国家間の関係を象徴するのが経済です。北朝鮮情勢が動いていることで核兵器の問題があらためてクローズアップされていますが、現在、核戦争を起こすことは事実上できず、核兵器は使えない武器になっています。核を保有しているから国として強いという話ではなくなっているのです。そのため経済を中心としたパワーゲームが行われています。

 米国、中国、日本という経済で世界1位から3位の国はいずれも東アジアに位置するか深い関係があります。今、この3カ国間の相対的なパワーの変化が急激に起きており、そのことが貿易戦争に象徴される米中の摩擦の背景にあります。日本は国のパワーの源となる人口が減少しています。中国もいずれ人口減少に直面しますが、それでも約14億という人口を抱えており、中産階級はまだしばらく増加しそうです。米国は移民の国であり、人口は今後も増加しますが、イラク戦争や世界金融危機を経てパワーが落ちてきているのは確かです。

<span class="fontBold">小原雅博(こはら・まさひろ)氏</span><br />東京大学大学院法学政治学研究科教授。1980年、東京大学文学部を卒業し、外務省入省。アジア局地域政策課長や経済協力局無償資金協力課長などを経て、アジア大洋州局参事官、同審議官、在シドニー総領事、在上海総領事を歴任し、2015年より現職。著書に、『東アジア共同体-強大化する中国と日本の戦略』(日本経済新聞社、2005年)、『「境界国家」論―日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』(時事通信出版局、2012年)などがある。(写真:竹井 俊晴)
小原雅博(こはら・まさひろ)氏
東京大学大学院法学政治学研究科教授。1980年、東京大学文学部を卒業し、外務省入省。アジア局地域政策課長や経済協力局無償資金協力課長などを経て、アジア大洋州局参事官、同審議官、在シドニー総領事、在上海総領事を歴任し、2015年より現職。著書に、『東アジア共同体-強大化する中国と日本の戦略』(日本経済新聞社、2005年)、『「境界国家」論―日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』(時事通信出版局、2012年)などがある。(写真:竹井 俊晴)

 米国は中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対して、米製品の供給を止めるという厳しい措置を取りました。これは安全保障上の問題であるとともに、次世代の経済繁栄の源を巡る争いでもあります。ZTEが関係している通信のほかロボットや人工知能(AI)、スーパーコンピューター、宇宙などの分野でどれだけ覇権を握れるかという戦いです。米国は現在、先頭を走っていますが、中国がその差を埋めてきています。

 これは突き詰めていくと、中国の国家資本主義モデルはイノベーションを起こせるのかという問題に行き着きます。すなわち「中国製造2025」に象徴される、国が主導してリソースを集中投下し、技術的な覇権を奪い取るということが将来、起こり得るのかということです。

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