宮田:最初のうち、一番時間がかかったのはおじぎの練習でした。中国人はおじぎに慣れていないだけでなく、他人に向かって頭を下げることに抵抗を感じる人が多いんです。「なんでそんなことをしなきゃいけないんだ」と文句を言って、研修中に辞めてしまう人もいました。

 でも私たちとしては、「お客様に満足していただくことがサービス業の基本なんだ」と、社員ひとりひとりに理解してもらわなければなりません。そこで、接客については「自宅に招いたお客様だと思ってもてなしてください」と説得したり、衛生管理については「自分の家の床にゴミが落ちていたら、拾わずに放っておきますか?」と質問したり。先に採用した中国人社員にも意見を聞きながら、研修プログラムや伝え方を工夫しました。

1号店の飲食エリア。従業員の「おもてなし」が試される
1号店の飲食エリア。従業員の「おもてなし」が試される

理解してもらえば抵抗感は減りますか。

宮田:そうですね。もちろん研修を通じて頭では理解しても、まだ習慣としては身についていません。なので、あとは実際の仕事のなかで言い続けることが大事です。お店では毎日朝礼をするので、おじぎや言葉遣いの復習をしたり、接客時の心がけを繰り返し確認したりして、徐々に浸透させました。

 ちなみに私たちのお店の従業員は、地元上海の出身者よりも地方から出てきた若い人が中心なんです。彼らは「自分の将来にプラスになることを勉強したい」という気持ちが強く、その意味では日本人よりも素直で積極的な人が多いと感じます。だからこそ、これまでの生活習慣とは違っても、会社の考え方を理解しようとしてくれたのだと思います。

宮田さんは上海に赴任される前から、社員の教育・研修の仕事をしておられたんですか。

中国勤務を志望したわけではありません

宮田:私は2007年に新卒で入社し、最初の2年間は店舗に配属されました。その後、社内公募に手を上げて本社の営業推進課に異動しました。入社した時から、将来的には店舗開発の仕事にチャレンジしてみたいと考えていたのが動機です。

 営業推進課は主に新店舗の飲食部門の開発を担当しており、ホール・スタッフの採用や教育・研修にもコミットします。国内の新店の場合、開店準備の段階から3カ月間くらいお店に常駐してスタッフを教育し、お店が回り始めたら引き上げるという役割でした。

上海赴任はご自身で希望したんですか。

宮田:いいえ。中国進出プロジェクトのことは知っていましたが、自分が赴任することになるとは考えてもいませんでした。ある時、「上海に行く気はあるか?」と上司に聞かれて、正直迷いもありましたが、せっかくチャンスをもらえるならやってみたいなと。そう思ったので「行きます」と返事しました。

それまで、中国に興味や関心を持ったことは。

宮田:旅行したこともないし、特に関心はなかったです(苦笑)。両親は2005年の反日デモの記憶があり、「本当に行くのか」と心配してくれました。でも私自身にとっては、「新しいことに挑戦できる」という魅力がやはり一番大きかったですね。

 中国に対して好感を持っていたわけではありませんが、嫌な経験を直接したわけでもありません。いろいろネガティブなことも報道されているけれど、実際に行ってみたらまた違うんじゃないかと楽観的に考えていました。

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