松本:確かに中国人全体で見れば、生まれてから一度も湯船につかったことのない人が今も大部分じゃないでしょうか。でも、うちのお客様である上海の中間層以上の人々は、必ずしもそうではないんです。

というと。

松本:日本では最近、中国人観光客の“爆買い”が話題になっていますが、上海の富裕層の間ではずっと前から日本への観光旅行が静かなブームになっていました。中国から日本への団体ツアーには、必ずと言っていいほど温泉が組み込まれています。まず東京から入国し、箱根で温泉につかって、大阪から帰国するのが黄金ルートです。

 上海には、実際に日本へ行って温泉に入ったり、親戚や友人から「日本の温泉はすごく気持ちがよかったよ」という土産話を聞かされたりした経験のある人が、日本人が思っている以上にたくさんいます。そんな中から、「上海にもあんな温浴施設があったらいいな」という潜在ニーズが自然に生まれてきた。そこに当社の進出のタイミングがぴったり合ったのだと思います。

極楽湯よりも先に中国に進出した同業他社や、日本の施設を真似た現地資本のスーパー銭湯はなかったんでしょうか。

松本:温浴施設が専業の日本企業では、当社の進出が初めてです。一方、現地資本の温浴施設はもともとたくさんあります。1号店を出す前に我々が調べた時点で、全国に2000施設くらいと言われていました。

 ただ、中国の温浴施設は長年「男の場所」というイメージだったんです。店内が薄暗くて、お客さんは男性ばかり。なかには風俗店まがいのサービスをしているところもある。もちろん健全なお店もありますし、女性客や家族連れもまったくいないわけではありませんが、比率は低い。日本で言うと昭和のサウナのイメージが近いかもしれませんね。

女性や家族連れには入りづらい雰囲気だった。

女性客が入れるスパ銭がなかった

松本:その通りです。中国の女性には「温浴施設イコール、いかがわしい場所」という偏見の方が、むしろ実態以上に強かったんじゃないでしょうか。

 当社が上海進出を決断したのは2011年で、これは好立地の物件を紹介してもらえたのが決め手でしたが、実は中国進出に向けた現地調査はその数年前から始めていました。というのも、現地の不動産デベロッパーさんなどから「進出しないか」という誘いが何度もあったんです。結局、条件などが折り合わなくて実現は後になりましたが、その時の調査を通じて、温浴施設そのものは中国にもたくさんあることがわかった。

ニーズはあると判断できた。

松本:それなのに、利用客はほぼ男性のみでした。私たちが実際に現地を見に行っても、確かに店内は薄暗いし、あまり衛生的な感じがしない。「これじゃ女性や家族連れが来ないのも無理ないよね」と。

 逆に言えば、中国の女性の偏見を覆すような温浴施設を作れば、既存の男性客や家族連れを含めて大きな潜在ニーズを掘り起こせるんじゃないか。私たちが進出することで、新しいマーケットが創れるはずだと。そんな自信を持てたことが、進出を決断するうえでは大きかったですね。

2011年と言えば、日本では東日本大震災もあり、デフレや人口減少など国内経済の先行きに暗いムードが漂っていました。国内事業の将来的な縮小を見込んで中国に打って出た面もあるんでしょうか。

松本:いえ、そこまで先見性があったわけではありません。

 当時の国内事業は安定しており、海外進出は喫緊の課題ではなかった。むしろ中国側から案件がちらほら持ち込まれていたので、「向こうから来るくらいだからビジネスとして有望なんじゃないか」、「じゃあちょっと調べてみよう」というところからスタートしたんです。

 その結果「いける」と判断したので、上海に1号店を出し、続いて2号店を作りと進めてきましたが、その間も日本はデフレ傾向が続き、2014年には消費税が引き上げられて…。いま振り返ると、あの時に進出を決断してよかったなと思います。

日本ではスーパー銭湯の経営環境が厳しくなっているのでしょうか。

松本:スーパー銭湯の出店に適した場所はある程度限られていますから、国内市場全体で見れば既に飽和状態に近いと思います。そんななか、ある企業は新店を出し、ある会社は閉店するという具合に、優勝劣敗がはっきりしつつあるのが近年の状況です。